トリカブト 殺人 事件。 トリカブト事件のトリックと犯人「神谷力」の生い立ち

トリカブト

トリカブト 殺人 事件

背景 [ ] である 神谷 力は、事件が発生するまでの過去5年間の間に、事件の被害者となった女性(事件当時33歳)を含め3人の妻を亡くしていた。 1人目のとは、1965年(昭和40年)に。 1971年(昭和46年)には、同じ会社の経理課の女性上司と出会い、10年の間、密かに愛人関係を続けた。 1人目の妻が、1981年(昭和56年)に心筋梗塞のため38歳で死亡する。 この時の1人目の妻にはをかけていない。 その後、愛人関係であった女性と同棲を始め、神谷が受取人の1,000万円の保険をかけて結婚。 1985年(昭和60年)、2人目の妻が急性心不全で死亡すると、神谷は池袋のクラブでホステスとして働いていた女性と2月に結婚した。 前妻の死から1ヶ月で交際を始め、4ヶ月後には結婚するというスピード結婚であった。 事件 [ ] 妻の急死 [ ] 1986年(昭和61年)、神谷と妻は、沖縄旅行のためにに到着した。 翌20日、2人に誘われた妻のホステス時代の友人3人も、で2人に合流した。 11時40分、神谷は「急用を思い出した」と大阪の自宅へ帰宅することになり、那覇空港に残った。 妻と友人3人は、予定通り行の飛行機に乗り、正午過ぎにへ到着した。 石垣島に到着した一行はホテルに到着し、チェックインをしたが、すぐに突然妻が大量の発汗、悪寒、手足麻痺で苦しみだしたため、でへ搬送された。 だが、妻の容体は急速に悪化して救急車内で心肺停止に陥り、直後に病院に到着するも、一度も正常な拍動に戻らず15時4分に死亡した。 不審な死因 [ ] は、那覇空港から急遽石垣島に来た神谷の承諾のもと、(遺族の承諾による)を行った。 解剖にあたった(当時・)は、妻の死因をと診断したが、心臓の一部に小さなうっ血を発見するも、内臓には病的な異変のない状態であった。 また、急死につながる明らかな異常が無かったことから、不審に思った大野は、妻の心臓と血液30ccを保存した。 この判断が後に事件解決につながる。 また、妻の友人の多くが、神谷が妻に大量の金品を送り、出会ってからわずか6日目でプロポーズをした事や、仕事がと神谷が言っていたのにも関わらず、公認会計士名簿に神谷の名前が記載されていない事などを疑い、警察やマスコミ、新聞社などに訴え掛け始めた。 その中で『』と『』が反応し、大々的に報じるようになった。 保険金をめぐる裁判 [ ] さらに、妻は神谷が受取人である複数の生命保険に加入していたが 、その金額は4社で合計1億8,500万円という膨大なものであった。 これらの生命保険の掛金が月々18万円にもなるにも関わらず、妻は亡くなる20日前にこれらの保険に加入し、掛金は1度しか支払わないなど、保険の加入方法に不審な点が判明。 保険会社は、妻が以前神経系の病気で通院歴があったにも関わらず、それを契約のときに通知しなかった告知義務違反を理由に支払いを保留したため、神谷は保険金の支払いを求めてを起こした。 神谷は、自分で作成した手記をマスコミに配りはじめ、一審のは、告知義務違反は無かったとして、神谷が勝訴した。 ところが、保険会社が控訴した二審で事態は急変する。 妻を検死した大野が、妻の死因が毒物による可能性があると証言したことから、神谷は訴訟を取り下げた。 事件の発覚 [ ] (平成3年)、は神谷を別の事件で逮捕した。 その捜査の過程で、5年前の妻の死が保険金目当ての殺人であった可能性が浮上し、に警視庁は殺人と詐欺未遂で再逮捕した。 5年前の殺人事件ということもあり、証拠は無いものと思われていたが、その間大野は毒物に関する資料を読み漁った結果、犯行に使用された毒がトリカブト毒であることを突き止めていた。 そして保存していた心臓や血液をや琉球大学で分析した結果、トリカブト毒が検出され 、妻が毒殺されたのは確実なものとなった。 さらに神谷にトリカブトを69鉢売ったという花屋が現れたこと、神谷が借りていたアパートの大家から水道代・電気代料金が異常に高い月があったという証言を受け警察が部屋を捜査した結果、畳からトリカブト毒が検出されたため、神谷への疑惑は一層強まった。 しかも、神谷にを1000匹以上売ったという漁師が現れたことから、警視庁は琉球大学に保存されていた妻の血液を、の協力を得て改めて調べたところ、毒()が検出された。 公判 [ ] 公判では、神谷が、いつどのようにして妻に毒を飲ませたかが焦点となった。 側は、妻の血液から毒が検出されたことに加え、神谷がトリカブトとフグを大量に買っていたと主張し、神谷がトリカブトを69株も買い求めたというの高山植物店の店主も出廷した。 検察は、神谷の自宅から実験器具を押収しており、生前の妻がのカプセルを飲んでいたことから、自宅でアコニチンとテトロドトキシンを抽出し、その毒を入れたカプセルで毒殺したと主張。 殺害の動機として、検察は神谷がから借金をしていたことを挙げ、借金返済のために保険金殺人を計画したとし、妻とのスピード結婚も保険金目的であったとした。 その上で、神谷が頃からトリカブトやフグを購入していたことから、急死した前妻も毒殺された可能性を指摘し、自宅から押収した毒物から、妻の死後も次の保険金殺人を計画していたと主張した。 これに対して、神谷はトリカブトは観賞用のために、フグは食品会社を起業するために購入したと反論。 さらに、アコニチンが即効性のある毒であり、神谷と別れてから1時間40分後に苦しみだした妻に対してがあると主張した。 再反論のために、検察はにカプセルで効き始める検証を依頼したが、カプセルを二重三重にしても5分から10分程度しか遅らせられない事が判明し、神谷の主張が正しいかに思われた。 ところが、妻の血液を分析していた大野が、公判でアコニチンとテトロドトキシンの配合を調節することで互いの効力を弱めることができると証言した。 そしてテトロドトキシンの(毒物の血中濃度が半分になるまでの時間)がアコニチンよりも短いため、拮抗作用が崩れたときに、アコニチンによって死に至る。 これにより、神谷が妻を毒殺することが可能となった。 神谷はアパートに大学でも用いられる機材を導入し、マウスを用いて実験を繰り返した末、犯行に使用された毒薬を生成していたのである。 (平成6年)、東京地裁は神谷に対し、求刑通りの判決を下した。 神谷は控訴したが、二審のも一審判決を支持し、神谷は最高裁に。 (平成12年)、は、神谷の上告をしたため、神谷のが確定した。 1990年10月以降、制作の全国ネット『』(アナウンサー)『』(リポーター)などで連日事件が報道されていた。 (平成24年)11月、神谷はで病死した。 73歳没。 関連書籍 [ ]• 『保険金殺人-心の商品化』世界書院、2000年。 『事件から見た毒』伊藤 茂訳、化学同人、2001年。 「保険金詐欺に使われたトリカブトの新規毒成分」『生体材料工学研究所年報』第39巻、東京医科歯科大学生体材料工学研究所、2005年、 6-8頁、。 脚注 [ ] []• Ohno, Y. ; Chiba, S. ; Uchigasaki, S. ; Uchima, E. ; Nagamori, H. ; Mizugaki, M. ; Ohyama, Y. ; Kimura, K. ; Suzuki, Y. June 1992. Tohoku J. Exp. Med. 167 2 : 155—8. 2013年2月12日. 2013年2月28日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年2月12日閲覧。 関連項目 [ ]• - 捜査に当たったを扱ったノンフィクション及びこれを原作とするドラマ。 本事件も大きく扱われ、犯人役は。 外部リンク [ ]• この項目は、・(犯罪者・犯罪組織などを含む)に関連した です。 などしてくださる()。 この項目は、に関連した です。

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『トリカブト保険金殺人事件』神谷力の生い立ちとは?冤罪トリック?

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背景 [ ] である 神谷 力は、事件が発生するまでの過去5年間の間に、事件の被害者となった女性(事件当時33歳)を含め3人の妻を亡くしていた。 1人目のとは、1965年(昭和40年)に。 1971年(昭和46年)には、同じ会社の経理課の女性上司と出会い、10年の間、密かに愛人関係を続けた。 1人目の妻が、1981年(昭和56年)に心筋梗塞のため38歳で死亡する。 この時の1人目の妻にはをかけていない。 その後、愛人関係であった女性と同棲を始め、神谷が受取人の1,000万円の保険をかけて結婚。 1985年(昭和60年)、2人目の妻が急性心不全で死亡すると、神谷は池袋のクラブでホステスとして働いていた女性と2月に結婚した。 前妻の死から1ヶ月で交際を始め、4ヶ月後には結婚するというスピード結婚であった。 事件 [ ] 妻の急死 [ ] 1986年(昭和61年)、神谷と妻は、沖縄旅行のためにに到着した。 翌20日、2人に誘われた妻のホステス時代の友人3人も、で2人に合流した。 11時40分、神谷は「急用を思い出した」と大阪の自宅へ帰宅することになり、那覇空港に残った。 妻と友人3人は、予定通り行の飛行機に乗り、正午過ぎにへ到着した。 石垣島に到着した一行はホテルに到着し、チェックインをしたが、すぐに突然妻が大量の発汗、悪寒、手足麻痺で苦しみだしたため、でへ搬送された。 だが、妻の容体は急速に悪化して救急車内で心肺停止に陥り、直後に病院に到着するも、一度も正常な拍動に戻らず15時4分に死亡した。 不審な死因 [ ] は、那覇空港から急遽石垣島に来た神谷の承諾のもと、(遺族の承諾による)を行った。 解剖にあたった(当時・)は、妻の死因をと診断したが、心臓の一部に小さなうっ血を発見するも、内臓には病的な異変のない状態であった。 また、急死につながる明らかな異常が無かったことから、不審に思った大野は、妻の心臓と血液30ccを保存した。 この判断が後に事件解決につながる。 また、妻の友人の多くが、神谷が妻に大量の金品を送り、出会ってからわずか6日目でプロポーズをした事や、仕事がと神谷が言っていたのにも関わらず、公認会計士名簿に神谷の名前が記載されていない事などを疑い、警察やマスコミ、新聞社などに訴え掛け始めた。 その中で『』と『』が反応し、大々的に報じるようになった。 保険金をめぐる裁判 [ ] さらに、妻は神谷が受取人である複数の生命保険に加入していたが 、その金額は4社で合計1億8,500万円という膨大なものであった。 これらの生命保険の掛金が月々18万円にもなるにも関わらず、妻は亡くなる20日前にこれらの保険に加入し、掛金は1度しか支払わないなど、保険の加入方法に不審な点が判明。 保険会社は、妻が以前神経系の病気で通院歴があったにも関わらず、それを契約のときに通知しなかった告知義務違反を理由に支払いを保留したため、神谷は保険金の支払いを求めてを起こした。 神谷は、自分で作成した手記をマスコミに配りはじめ、一審のは、告知義務違反は無かったとして、神谷が勝訴した。 ところが、保険会社が控訴した二審で事態は急変する。 妻を検死した大野が、妻の死因が毒物による可能性があると証言したことから、神谷は訴訟を取り下げた。 事件の発覚 [ ] (平成3年)、は神谷を別の事件で逮捕した。 その捜査の過程で、5年前の妻の死が保険金目当ての殺人であった可能性が浮上し、に警視庁は殺人と詐欺未遂で再逮捕した。 5年前の殺人事件ということもあり、証拠は無いものと思われていたが、その間大野は毒物に関する資料を読み漁った結果、犯行に使用された毒がトリカブト毒であることを突き止めていた。 そして保存していた心臓や血液をや琉球大学で分析した結果、トリカブト毒が検出され 、妻が毒殺されたのは確実なものとなった。 さらに神谷にトリカブトを69鉢売ったという花屋が現れたこと、神谷が借りていたアパートの大家から水道代・電気代料金が異常に高い月があったという証言を受け警察が部屋を捜査した結果、畳からトリカブト毒が検出されたため、神谷への疑惑は一層強まった。 しかも、神谷にを1000匹以上売ったという漁師が現れたことから、警視庁は琉球大学に保存されていた妻の血液を、の協力を得て改めて調べたところ、毒()が検出された。 公判 [ ] 公判では、神谷が、いつどのようにして妻に毒を飲ませたかが焦点となった。 側は、妻の血液から毒が検出されたことに加え、神谷がトリカブトとフグを大量に買っていたと主張し、神谷がトリカブトを69株も買い求めたというの高山植物店の店主も出廷した。 検察は、神谷の自宅から実験器具を押収しており、生前の妻がのカプセルを飲んでいたことから、自宅でアコニチンとテトロドトキシンを抽出し、その毒を入れたカプセルで毒殺したと主張。 殺害の動機として、検察は神谷がから借金をしていたことを挙げ、借金返済のために保険金殺人を計画したとし、妻とのスピード結婚も保険金目的であったとした。 その上で、神谷が頃からトリカブトやフグを購入していたことから、急死した前妻も毒殺された可能性を指摘し、自宅から押収した毒物から、妻の死後も次の保険金殺人を計画していたと主張した。 これに対して、神谷はトリカブトは観賞用のために、フグは食品会社を起業するために購入したと反論。 さらに、アコニチンが即効性のある毒であり、神谷と別れてから1時間40分後に苦しみだした妻に対してがあると主張した。 再反論のために、検察はにカプセルで効き始める検証を依頼したが、カプセルを二重三重にしても5分から10分程度しか遅らせられない事が判明し、神谷の主張が正しいかに思われた。 ところが、妻の血液を分析していた大野が、公判でアコニチンとテトロドトキシンの配合を調節することで互いの効力を弱めることができると証言した。 そしてテトロドトキシンの(毒物の血中濃度が半分になるまでの時間)がアコニチンよりも短いため、拮抗作用が崩れたときに、アコニチンによって死に至る。 これにより、神谷が妻を毒殺することが可能となった。 神谷はアパートに大学でも用いられる機材を導入し、マウスを用いて実験を繰り返した末、犯行に使用された毒薬を生成していたのである。 (平成6年)、東京地裁は神谷に対し、求刑通りの判決を下した。 神谷は控訴したが、二審のも一審判決を支持し、神谷は最高裁に。 (平成12年)、は、神谷の上告をしたため、神谷のが確定した。 1990年10月以降、制作の全国ネット『』(アナウンサー)『』(リポーター)などで連日事件が報道されていた。 (平成24年)11月、神谷はで病死した。 73歳没。 関連書籍 [ ]• 『保険金殺人-心の商品化』世界書院、2000年。 『事件から見た毒』伊藤 茂訳、化学同人、2001年。 「保険金詐欺に使われたトリカブトの新規毒成分」『生体材料工学研究所年報』第39巻、東京医科歯科大学生体材料工学研究所、2005年、 6-8頁、。 脚注 [ ] []• Ohno, Y. ; Chiba, S. ; Uchigasaki, S. ; Uchima, E. ; Nagamori, H. ; Mizugaki, M. ; Ohyama, Y. ; Kimura, K. ; Suzuki, Y. June 1992. Tohoku J. Exp. Med. 167 2 : 155—8. 2013年2月12日. 2013年2月28日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年2月12日閲覧。 関連項目 [ ]• - 捜査に当たったを扱ったノンフィクション及びこれを原作とするドラマ。 本事件も大きく扱われ、犯人役は。 外部リンク [ ]• この項目は、・(犯罪者・犯罪組織などを含む)に関連した です。 などしてくださる()。 この項目は、に関連した です。

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【日本怪事件】トリカブト殺人事件、妻たちの不審死

トリカブト 殺人 事件

友人たちはあまりに突然の悲劇に、A子さんの死を簡単に受け入れることができず、病院に調査を依頼します。 実は彼女達には、思い当たることがあったのです。 新婚3ヶ月のA子さんの13歳年上の夫である神谷力を知る彼女たちは、神谷に疑いの目を向けていました。 A子さんは友人たちと合流する直前は、夫・神谷と沖縄を訪れて行動を共にしており、神谷には、結婚前から怪しい行動がいくつも見られていたためです。 神谷とA子さんは、A子さんの勤める高級クラブで出会い、神谷は公認会計士と名乗っていたが、公認会計士の名簿には載っていませんでした。 また、出会って間もないA子さんに、150万円もする毛皮のコートや400万円の指輪をプレゼントし、出会って6日目にプロポーズしていること、A子さんが神谷が調合したという栄養剤をたびたび服用していたこと、そして、前妻がふたりも心臓の病気で突然死していることなどでした。 神谷力にはアリバイがあった トリカブトに行き着いたことから、この事件は「トリカブト事件」として、連日マスコミが報道合戦を繰り広げるようになりました。 しかし、トリカブトは即効性の高い毒を持っているため、神谷と別れてから2時間近く経ってから苦しみだしたA子さんの死にどう関連付けるかが鍵となりました。 その後、トリカブト事件の報道を目にした漁師から、神谷に大量のふぐを売ったという通報を受けて、トリカブト事件はどんどんとトリックが暴かれていきました。 トリカブト単独では、毒の即効性が高いのですが、ふぐとトリカブトには、相反する作用があって同時に服用すると、拮抗作用(きっこうさよう)によって、効き目の遅い毒を作り出すことが可能になることを、またしてもA子さんを解剖した医師が突き止めたのです。 神谷力の逮捕 トリカブト事件の公判では、神谷が、いつどのようにして妻に毒を飲ませたかが焦点となりました。 検察側の主な主張は以下の通りです。 ・ A子さんの血液から、神谷が大量に買い求めていたという、トリカブトとふぐ毒が検出されたこと ・ 神谷の自宅から、神谷が毒の生成のための実験を行っていた器具を押収したこと ・ A子さんが生前、栄養剤だといわれて神谷が調合したサプリを飲まされていたこと ・ 神谷は消費者金融から借金をしていて金に困っていたこと 神谷はトリカブトは観賞用のために、フグは食品会社を起業するために購入したと反論しましたが、トリカブトとふぐの拮抗作用が決め手となり、神谷による犯行が可能と判断され、また、神谷に大量のトリカブトを売った高山植物店の店主も裁判で証言もあり、1994年東京地裁は、神谷に対し無期懲役の判決を下しました。 2審でも東京高裁は同じ判決を下しています。 2000年に、最高裁は神谷被告の上告を棄却、無期懲役が確定しました。 ただし、二人の前妻に対する事件では神谷は罪に問われていません。 トリカブト事件の9年後に、埼玉県本庄で連続殺人事件が起きています。 このふたつの事件には共通点がいくつかあります。 多額の保険金目当てであったこと、トリカブトを毒殺に利用していること、そして両事件とも「劇場型犯罪」といえるものであったことです。 トリカブト事件の神谷力も、本庄保険金殺人事件の犯人だった八木茂も、マスコミの前に堂々と顔を出して現れ、顔色ひとつ変えず「自分は天地神明に誓ってやっていない」「毒物は絶対に出てこない」などと発言していました。 マスコミを煽るかのように、八木は派手なパフォーマンスをしたり、また有料会見を行うなどし、神谷も「マスコミの中傷にさらされて」という手記を配って、悲劇の主人公のように振舞ったりしていました。 本庄保険金殺人事件の犯人、八木茂と神谷力の共通点.

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