まめ ちゃん ブログ。 まめちゃんの『あゆみ』

伊藤紀子(まめちゃん)さんのプロフィールページ

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ほっとした 抱えていた悩みを共感してくれる人がいた 改善していけるような安心感 そういう思いがありました。 悩みを相談できる、悩みを共有できる、 一緒に笑って小さな成長を喜んでくれる繋がりを とてもありがたく感じました。 あまり人口が多い場所は苦手です。 共働きなのでこの助けなしでは家庭は成り立ってないくらい重要な存在です。 朝8時~18時まで勤務 子どもと関わるのは好きなので保育士に憧れていましたが、縁あって今の仕事について 11年目に突入します。 喘息持ちで小さい頃は運動が苦手だったので、今元気に走れることはとても嬉しいんですよね~。 小学校2年生から2年間、従兄弟と一緒にスイミングスクールに通いましたが未だに泳げません…。 高校生の頃はハンドボールをしていました。 毎日部活前に4㎞のランニングがありましたがビリの常連…毎日プラスで坂道ダッシュつきでした。 そんな僕ですが マラソン歴10年なので少し紹介します。 10年前の入職時に職場の人に誘われて初ハーフマラソンへ参加。 部活もしていましたし、若いし!! 大丈夫でしょ^^と余裕な気持ちで臨みましたが 制限ギリギリ3時間13分でゴール… 21㎞走るのがあんなにきついと思いませんでした。 初マラソン後 続けるか続けないか これは自分次第ですが 僕は続けました~!! 小学校の1500m走でゼーゼーしていた人が21㎞走れるってかなり嬉しかったです!! もう一つの理由は 嫁さんとまだ付き合いがなかった時に繋がりを持つために必死でマラソン練習をしました 嫁さんは僕より先にマラソンデビューしていましたから、 練習をネタに近づき…過酷なマラソンを一緒に走ってゴールインしました。 僕はこれと言って子どもに自慢できるような武勇伝がないので 100kmマラソンは自慢しようと思っています。 嫁さんはたくさん寝かすと元気が出るのでできるだけたくさん寝かせてないと! 嫁さんが元気ないと家庭は大変ですからね~ マラソン練習は基本的に子供が寝ている時間に行っています 夜は23時ごろまでは起きていますが 朝4時起きでYoutube見ながら頭と心臓起こして5時から走りに行きます。 いつものコースへおじいちゃんとおばあちゃんがウォーキングしている横を走っています。 平日は2回ほど5時~6時までランニング 日曜・祝日は5時~7時までランニング 100㎞マラソンの練習の時は10時就寝の2時起きの3時出発で長距離ランでしたからね 今はそんなに時間取れそうもないのでサブ4目標で頑張っているところです^^ 休日の8時または9時ごろからは子どもと公園行く時間です。 早いと人も少なくて駐車場停めれますし、終わりが早いのでみんなの調子がいいときは公園巡りで2ヵ所行ったり遠出したり良いこと多いですからね。 公園へ行くのもマラソンの体力つくりの延長と思って一緒に楽しんでいます。 まとめ 読者さんへ一言 パソコンは苦手なほうなのであれこれ調べてワードプレスを学びながらのブログの更新になっていくかと思います。 ブログを気にしすぎて子どもとの時間を削ることはないように注意です。 子どものため、そして場面緘黙への理解を深めて多くの方と共感できるような ブログ作りをしていきたいと思っています。 プロフィールを読んでいただきありがとうございました。 他にも気になる記事がありましたら、ごゆっくり読んでください。 これからもどうぞよろしくお願いします。

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ものつくり作家の猫さん4週目は、キュートなまめちゃんのお話です。 まめちゃんは推定11歳の元ノラです。 白黒猫は愛嬌がありますが、鼻周りまで黒いといっそうご愛敬ですね。 「まめちゃん」と名を呼ぶと、可愛い声で「にゃあん」と返事をしてくれます。 「モノトーン猫って言うとちょっとおしゃれだから、そう呼んでます(笑)」と、飼い主の菊池洋子さん。 刺繍の布小物や毛糸の編みぐるみなどの手作り作家さんです。 洋子さんとまめちゃんとの出会いは、9年前の夏。 犬派で、猫を飼ったこともない洋子さんは、当時、緑もノラ猫も多いのどかな土地に暮らしていて、庭にときたま出没する猫たちにうんざりしきっていました。 花壇をトイレ代わりにしていくからです。 「それで、猫を見れば、追い払ってたんですよ。 その中の1匹が、若い白黒のメス猫でした」 その猫だけは、追い払っても追い払っても去らないばかりか、網戸をガリガリひっかいて「入れて、入れて」と鳴くのです。 これが、家に入りたがっていた頃のまめちゃんです。 余りにもめげないし、よく見れば可愛い顔をしているし、で・・・。 ある日、そっと網戸を開けて見たら、家の中に入ってきて...... 洋子さんの膝の上にちょこんと乗りました。 「か~わ~いい~~!のなんの。 今までのこと、ごめんね、と(笑)」 その日から、まめちゃんは日参してくるようになりました。 洋子さんの膝の上に乗り、10分ほどすると満足した様子でスーッと帰って行きます。 仕事から帰ってきて窓を開けると、「待ってたよ~」とばかりに塀の向こうから走ってくるまめちゃん。 「3週間くらい飼おうか飼うまいか迷いましたけど、ボスっぽいオス猫に怯えきっている様子を見て、決心がついたんです。 念のため、ご近所に飼い猫かどうか聞いて回り、ノラらしかったので、うちの子にしてしまいました!」 まめ、という名は、「豆粒みたいにちっちゃいから」と、旦那さまがつけました。 お膝の上が大好きなまめちゃん、家猫になったら、そりゃあ甘えんぼになったでしょうね? 「それが・・・一緒に寝られる、って楽しみだったのに、うちの子にしたとたん、膝にも乗らなくなっちゃったのは、どうしてなの? でも、犬と違って、まるで手がかからずラクなのにはびっくり。 お互いに自由にやってます」 マンションへの引っ越しも、何の問題もありませんでした。 いたずらはとくにはしない、というまめちゃんですが、ときには、こんなショットも。 11歳になった今、腎臓の持病があってお薬を飲んでいるものの、高い所にもひらりと上る身軽なまめちゃんです。 もともと刺繍が好きで、刺繍をした布で小物も縫い始めたという洋子さん。 猫の編みぐるみなどを作り始めたのは、2~3年前から。 「まめがきっかけで、犬派から猫派になって、猫の魅力がわかってきたら、猫ものを作りたくなったんです」 毛糸の編みぐるみの「お花ねこシリーズ」は、これまで54匹生まれました。 「さぶお兄ちゃんが大好きな、ひな」 「お祭り大好きな たび」 「ツンデレのブリジット」など、それぞれに、名まえとキャラクターが書かれた小さな札が添えられています。 ギャラリーで「さぶちゃん」を気に入って、おうちに連れて帰ってくれた小学1年生の女の子から届いた絵手紙を、洋子さんはうれしくて部屋に飾っています。 「猫たちのものがたりの続きを、その家で紡いでいってもらえたら、とてもうれしい」と、洋子さん。 まめちゃん人形は、まだ作ったことがないそうです。 よそのおうちに行くのが、洋子さんはさびしいのかな。 「まめがうちの子になって9年半。 自由に歩き回っていた外の世界から、家の中に入れてしまったけど、キミはしあわせかな。 それが、ずっとずっと気になっているんです」と、洋子さん。 まめちゃんのこのお顔が答えだと思います。 「アタシが選んで、このおうちって決めたんだから」って言ってますよ~。 そして、まめちゃんは、こんなカギ尻尾の持ち主。 きっといろんないいことを、これからも、もたらしてくれるに違いありません。 洋子さんの作品は、あきる野市のギャラリー、ネオ・エポックにて9日まで開催の「Knit and Cat展」で展示販売しています。 お知らせ2つ ・本日4日夜7時より、BSテレ東(7ch)で放映の「まさはる君が行く! ポチたまペット大集合!」に、道ばた猫日記「あたたかな場所その4」でご紹介した、老人ホームのきららちゃんが登場です。 仲良しの老犬モモちゃんとのお散歩シーンもあるそうですよ。 「2週間のおとうと」などで何度かご紹介の、通い猫虎之介のいる松山庭園美術館も紹介されます。 ・道ばた猫日記「」でご紹介した、まさはる君のその後を再取材した記事を、sippo連載の「」で書いています。 まさはる君の、すっかり甘えん坊に変身した抱っこ写真をぜひ見てやってください。 「道ばた猫日記」から書籍が生まれました。 『』 ふつうの猫たちが語る、22の愛情物語。 『』 動物たちはやさしく、気高い。 助け合い、ともに生きる猫たちの物語。 『』 フェリシモ猫部の心温まるブログ、完全版として待望の書籍化!.

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私は、小さい時から仲間はずれと思って生きてきました。 私が5歳の頃に両親は離婚しました。 父親の実家で居候。。。 小学1年生の時に父親が再婚。 2年生の時に妹ができました。 この家庭の中に自分の居場所がないと思っていました。 「私なんていてもいなくてもいいんだ。 私の居場所はない」 「どうせ、私なんて。。。 」 と思って生きていました。 「愛情が足りない。 欲しい。 私を見て欲しい。 分かってほしい」と思っていました。 25歳頃に結婚。 子どもを1人授かりました。 うまくいきませんでした。。。 30歳で離婚。 35歳で再婚し、子どもは授かりませんでした。 40歳の時に子宮までとる子宮筋腫の手術をしました。 生きていても楽しくありませんでした。 はやくこの人生を終わりたいと思っていました。 色んな事を学びました。 変わりたくて。 今年の1月に友達が亡くなりました。 難病の彼女は、最期まで生きたいと思っていました。 私に大切な事を教えてくださいました。 今も毎日学び中です。 自信がないなと思うときもあります。 カッコ悪い自分を隠そうと。。。 色々してきたけど、もう辞めました だって、私、ダメダメだし。。。 頑張っても上手くいかないから 他人のチカラでゆるゆる生きています 自分とは真逆の「神」夫にイライラしながらも あぁ。。。 こんな風に生きればいいのねぇって 一人が好き 一人の方が良いって 拗ねて 肩肘張って 頑張ってきたけど さみしがりなんだよねぇ ご縁のあった方々と楽しく ゆるゆる生きていきたいです ダメダメな私の応援をしてくださる方、大歓迎~ よろしくです.

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