米津玄師 lemon 歌詞。 Lemon 歌詞「米津玄師」ふりがな付|歌詞検索サイト【UtaTen】

米津玄師/Lemon

米津玄師 lemon 歌詞

米津さんは動画内で次のようなことを言っています。 TBS金曜ドラマ「アンナチュラル」の根底にあるのは「人の死」。 それをどう一曲に落とし込むかが重要。 当初は 「傷ついた人を優しく包み込むような曲」 という路線で作曲していたが、その間に「身内の死」を体験した。 米津さんの中で死という概念が崩れさり、作り上がった曲は 「あなたが死んで悲しいです」 という嘆きの歌だった。 つまり、 Lemonは人の死に対する思いを歌った歌だということです。 それを踏まえてLemonの意味を考察すると面白い考察ができます。 人の死。 特に身内の人の死というのは 衝撃的なものです。 ただ、それも年月が経てば次第にその衝撃も薄れ、忘れ去られていきます。 でも、ふとした時にその人のことを思い出せば、その衝撃も思い出せますよね。 そのような人の感情の動き。 記憶の移り変わりを米津さんは、レモンを食べた時の衝撃にたとえたのではないでしょうか。 想像してください。 確かに、レモンを食べた瞬間は 酸っぱさという衝撃を感じます。 そして時間が経つと、それも次第に薄れ酸っぱさを感じなくなります。 でもふとした瞬間レモンのことを考えると酸っぱさを思い出させ、唾液がたくさん出ますよね。 そう、だからこの曲は「Lemon」なのです。 Lemonでなくてはダメなのです。 「Umebosi」じゃダメなのかっていうツッコミはなしで。 ださいじゃん。 ひいらぎの解釈 あなたとの平凡な生活が幸せであることをあなたが亡くなる時に教えてくれた。 あなたに嘘を言っていた昏いことも、あなたが生きていなくちゃずっと真実を話せないよ。 あなたたが亡くなること以上に私が傷つき、悲しくなることなど絶対にあるはずがないってわかってる。 あたりまえな幸せというものを日々の日常で気づくことはなかなかできません。 そして、そのあたりまえの幸せというのは そのあたりまえの幸せを失った時に初めて気づくものです。 あたりまえをあたりまえと思わず、感謝して大切にすることが大切なのかもしれません。 ここの部分の歌詞の「昏い過去」。 きっと、主人公は「あなた」と一緒にその昏い過去を乗り越えていきたかったのでしょうね。 あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない 今でもあなたはわたしの光 ひいらぎの解釈 あなたとの悲しい思い出や、苦しんだ思い出。 そんな辛い日々もあなたとなら愛せていた。 私から消えることはない、君が亡くなったという衝撃。 私の気持ちが落ち着くまでは、あなたのことを思い出させて? 亡くなった今でもあなたは私の希望だから。 悲しい思い出や、苦しんだ思い出。 その全てをあなたとなら乗り越えてこれたのなら、きっと主人公はあなたを 心の底から愛していたのでしょうね。 そこまで愛していた人を失うとなると私では計り知れない衝撃や後悔があるのでしょう。 最後の「今でもあなたはわたしの光」という歌詞の「光」という部分を私は「 希望」と解釈しました。 他にも色々な解釈の仕方があるとは思いますが、「希望」と解釈した方がしっくり来ませんか? ひいらぎの解釈 暗い中、あなたの背中をなぞってみた。 その輪郭を死んだ今でも覚えている。 「死」という受け止めきれない宣告を受けるたび、溢れて溢れて仕方がないのは「涙」だけだった。 わたしが「死ぬ」って知らない状態で、あなたはわたしをどうみていたの?何を考えていたの? ここから、私とあなたが入れ替わって歌われています。 つまり、死人の立場で歌われているわけです。 ここからの解釈でも私とあなたを入れ替えて書きます。 「暗い中、あなたの背中をなぞってみた。 その輪郭を死んだ今でも覚えている。 」の部分。 この部分に意味はほぼないと思っています。 米津玄師がこの部分で伝えたかったことは、「何気なく触ったあなたの背中の輪郭すら、死んでしまった今では貴重なもの= あなたのほんの些細な記憶でも私にとっては愛おしい」だと思います。 そのあとに続く「溢れてやまないのは涙だけ」から 「あなた」とまだ一緒にいたいという思いが読み取れますね。 最後の部分は「私」の純粋な疑問です。 病気のことを隠したままなくなった「私」は、闘病の間「あなた」が何を考えて、なにを見ていたのか知ることはできなかったのでしょう。 どこかであなたが今 わたしと同じ様な 涙にくれ 淋しさの中にいるなら わたしのことなどどうか 忘れてください そんなことを心から願うほどに 今でもあなたはわたしの光 ひいらぎの解釈 自分が思っている以上にあなたに恋をしていたんだな。 あなたか亡くなってから胸が締め付けられ息ができないや。 あんなにそばで一緒に暮らしていたのに、まるで一緒に暮らしていなかったみたい。 でも、あなたと一緒にいたこと絶対に忘れられないよ。 ここは、 主人公視点で歌われているとするか、亡くなった人視点で歌われているとするかで解釈がかなり分かれる部分です。 今回は、主人公視点で歌われていると解釈した方が個人的にしっくり来たので、主人公視点で歌われていると解釈しています。 ここの部分は、冒頭のあたりまえのことはあたりまえではないというメッセージから飛躍して、 普段気づいている感情なども失った時に思っている以上に大きいものだということを伝えたかったのでしょう。 あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない 切り分けた果実の片方の様に 今でもあなたはわたしの光 ひいらぎの解釈 あなたとの悲しい思い出や、苦しんだ思い出。 そんな辛い日々もあなたとなら愛せていた。 私から消えることはない、あなたと一緒に暮らせなくなったという事実。 私の気持ちが落ち着くまでは、あなたのことを思い出させて。 わたしとあなたという果実の片方を失ったあなたでもあなたはわたしの希望だから。 一度解釈したので割愛します。 Lemonという物語について 人間の死。 身近な人の死というものを考えさせるような歌詞でしたね。 では、「Lemon」という物語の流れをおさらいします。 登場人物はわたしとあなたの二人でした。 1番であなたは死んでしまっていてわたし視点で物語が展開していきます。 あなたが死んでしまったことが夢であったらいいのに。 あなたが死んで欲しくなかったのに。 そんなわたしの想いが1番で歌われていました。 2番になると歌われる立場が逆転します。 2番では 死んでしまったわたしの気持ちが歌われていましたね。 前半では、あなたとの思い出が歌われ、後半ではまだ生きているあなたに、涙に暮れて前に進めないのならわたしのことなんて忘れて前に進んでよという思ってもいないようなことを言ってしまうほどあなたを大切にしている様子が描かれていました。 この二人の主人公は、きっとお互いを深く愛し、尊重し、大切に思っていたのでしょう。 でも 死という別れは遅かれ早かれ誰にでも平等にきます。 たとえそれが、極悪人と善人だとしても。 そのいつか来る「死」までに何をするべきなのか、何を考え、何を伝えるべきなのか。 そんないつか来るかわからない「死」を考えさせてくれる 素晴らしい物語でした。 まとめ 今回は、米津玄師のLemonの歌詞解釈を紹介しました。 歌詞解釈をして、改めて歌詞を読み込んだのですが、もう書いてて号泣でした。 なんで米津さんはこんな歌詞が書けるんだろう。 なんでこんな世界を描けるのだろう。 疑問でなりません。 米津さんと同じ時代に生まれてこれた奇跡に感謝してこの楽曲を、この物語を聴き続けたいと思います。 今後も当サイトでは米津玄師を追って行くのでぜひチェックして見てください!.

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米津玄師/Lemon

米津玄師 lemon 歌詞

米津玄師さん自身初となるドラマ書き下ろしの主題歌がlemonです。 ちなみに、lemonが収録されているシングルのlemonの表紙のイラストは米津さん自身が描いているそうです。 曲も作れて、歌えて、絵も上手で本当にセンスしか感じません。 "アンナチュラル"とは 出典: lemonが主題歌にもなっているドラマ「アンナチュラル」はどんな物語なのかも先に触れていきます。 の恋人・をはじめ、複数の女性を殺害した疑いのある高瀬(尾上寛之)が警察に出頭。 しかし、遺体損壊は認めたものの肝心の殺害については否定する。 殺人を立証できる証拠もなく、たちは歯がゆさを感じながらも、高瀬を殺人罪で裁くため検証を続ける。 参照: ドラマでは、 「不自然な死」を究明することで今を生きている人の未来を救おうとする主人公の姿が描かれています。 米津玄師のlemonとはどのような繋がりがあるのか 「死」「未来」といったワードで繋がってくるんじゃないでしょうか? 米津玄師が"lemon"にかけた想い Youtubeの動画でlemonの制作秘話が載っていました! 曲自体の解釈・解説を始める前に米津さんがどんな想いでlemonを制作したのかかいつまんでご説明します。 「傷ついた人達を優しく包み込むような曲」をイメージして作られた曲でしたが、作って行くにつれて 「あなたが死んで悲しいです。 という自分の気持ちをひたすら吐露する4分間になってしまった」と米津さんはコメントしていました。 米津さん自身の実体験に基づいた曲がlemonだと解釈できます。 米津さんがツアーをこなす中でlemonの楽曲制作中に、米津さんの祖父が亡くなりました。 "lemon"は亡くなったお祖父さんに向けたレクイエムなのかもしれません。 参照: "lemon"歌詞・MV解釈 lemonの解釈を進めて行く上で、私ごときが解釈をするのが恐れ多くなるぐらいに米津さんのlemonは 深く美しすぎる世界観が広がっているように感じました。 米津さんの取材で見つけた解釈の意味と私が lemonのMVや歌詞に対して感じた意味を書いていきます。 "lemon"の意味 出典: レモン 檸檬 を示す花言葉には"誠実な愛"という意味が込められています。 歌詞やMVを見ている人も "誠実な愛"の印象は伝わってくると思います。 また、レモンは有名な絵画の "最後の晩餐"にも描かれています。 キリストと弟子達が食事をする後ろのレモンの木は、レモンの効能の一つである解毒の効果を 「救済」として意味しています。 他にも有名な絵画の"パーンの神話"でも、レモンの木が愛の象徴として森の精の 「悲哀」を描いています。 「誠実な愛」「救済」「悲哀」 この意味を見ても分かるように、米津さん自身の愛する人への想いや悲しみ、誠実さが表現されていて、lemon以上にこの曲にあうタイトルはないように感じました。 失ったヒトへの想いが溢れる歌 「夢ならばどれほどよかったでしょう」と現実を受け入れられない様子が描かれていて、 「あなたのことを夢にみる」「忘れた物」「古びた思い出」にあるように、 誰か大切な人を失ったことを嘆いていることが解釈できます。 大切な人を失って夢にその人が現れたり、思い出を回想しています。 そのシーンが女性が一人の部屋で踊っている様子なんじゃないかと思います。 米津玄師を主人公として、失った女性への想いを歌やMVで描いています。 もう伝えることが出来ない過去 「戻らない幸せがあることを最後にあなたが教えてくれた」 彼女が亡くなって初めて もう戻ることができない幸せだった日々に気づけたことを表現しています。 歌詞の中で 「暗い」ではなく「昏い」の漢字は当てられています。 「昏い」は「暗い」とは違い、全く光がない状況ではなく 日が暮れて明かりが少なくなってきたことを示します。 他にも 「物がはっきりと見えづらい状態」などを意味しています。 彼女に言えないかった"もやもやした過去"が言えないままでお別れをしてしまった。 だから、伝えたかった事を言えないままでもう伝えることはできないともういない彼女に向けて言っているんじゃないでしょうか。 ハイヒールに隠された意味 そしてこのシーンのMVでは 米津さんがハイヒールを履いている印象的なシーンがあります。 私はこのシーンをみて 「忘れられない彼女を側で感じるため」彼女が愛用していた靴を履いているのかな?と解釈していました。 男性がハイヒールを履いていれば好奇の目で見られますが、周りの目を気にせずに貴方の事を全部愛しています。 ハイヒールは二人にしか分からない共通項になています。 「もう会えないけれど貴方との思い出を大切に生きている」そんなメッセージが込められています。 参照: 異質に感じるMV 「あの日の苦しみ」が示すのは大切なヒトを失った日や悲しみに溺れた日々だと解釈できます。 「あなたとともに」の歌詞があることからも、 見えないけれど貴方はずっと私の心の中にいる。 だから「今でもあなたはわたしの光」なんじゃないかと考えられます。 またMVでは米津さんの周りにいる人は、外国の方で視線が米津さんと異なっていて何か違和感を覚えます。 それは、 米津さん自身が感じている自身の異質さだったり、見ているものや支えになっている物が違う事を印象的に表現していると感じました。 綴られた暗闇の日々 「暗闇であなたの背をなぞったその輪郭を鮮明に覚えている」 覚えているというのは過去のことを示していることから、大切なヒトを失って真っ暗になっていたときのことを表現しています。 「もう会えない。 触れられない。 貴女の笑顔が見れない」そんな現実を突きつけられるたびに涙が溢れてしまうそんな過去の心境だと解釈できます。 MVの中でも、人々が円になって座っている中で女性の後ろ姿が「他とは違う何か」を感じされられます。 女性はもうこの世にはいないことが印象付けられます。 貴女のことを私は見ることができないけど、 「私が知らない 見えない 貴女は今何をして何を見ているの?」 そんなメッセージが歌詞から読み取れます。 私のことをどうか忘れて欲しい。 貴女が私のように会えなくなって寂しさの中に生きているなら、辛い思いをしているなら私のことを忘れて欲しい。 もう会えなくても大切なヒトを忘れられないで、米津さん自身が大切に思っていることが描かれているように感じます。 MVでは、女性の動きは悲しそうに激しく動いています。 また一瞬逆ピースのようなポーズをとります。 普通ピースは手のひら側が見えますが、手の甲側のピースが映っています。 そういう風に逆にすることはこの世にいないことを示すそうです。 「私も哀しいけれど大丈夫だよ」そんなメッセージが入っているんじゃないかと思いました。 息苦しさ 貴女と別れることで、 自分が思っていたよりも愛していたことに気づいた。 ずっと一緒だったのに今こうして一人になったことが信じられない。 貴女がいなくて息苦しい。 そんな想いが綴られているんじゃないかと思います。 切り分けた果実の片方の様 *歌詞が同じ部分の解釈は割愛させていただきます。 最後の歌詞の中で違うのは 「切り分けた果実の片方の様に今でもあなたはわたしの光」の部分です。 果実は二つに切っても元は一緒で別のものと考えられることはありません。 そんな風に、貴女と私も切っても切れないものでこれからもずっと貴女との思い出を大切にします。 そんな思いを檸檬に例えていると解釈しました。 解説まとめ 大切なヒトを失ってしまった苦しみ 苦味 と共に、大切なヒトとの思い出は道しるべともなるんですね。 「貴女のことが本当に大切でした」 そんな大切な人を失った悲しみと感謝を伝えるレクイエムに感じました。 最後まで読んでいただきありがとうございます。

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【米津玄師/Lemon】歌詞の意味を解釈

米津玄師 lemon 歌詞

曲そのものは、一貫して「あなたがこの世から消えてしまって悲しい・・。 」という思いを歌ったものなのですが、米津玄師さんなりの「人の死」への想いが込められているようです。 とにかく悲しい、寂しいという思いを歌っているのですが、ただそれだけではない、 いろいろな感情を呼び起こさせる歌詞になっています。 悲しげな表情を浮かべる米津玄師さんと、その雰囲気に似つかわしくないハイヒール。 一見すると、なんとも理解出来ない行動・・。 ですが、米津玄師さんは、このハイヒールで、他人には理解されない 「2人を繋ぐ何か」として表現したかったそうです。 詳しくは、『 米津玄師 ・・・・・・とLemon。 」と思うことはよくあります。 しかし、これは 夢ではなく現実。 あなたがこの世にいないという、 悲しい現実が「夢」だったらよかったのにと、嘆いている状態です。 「思い出」に埃がかかるほど、時が経っているのに、未だにあなたの夢を見る・・。 今でも「あなた」の死を受け入れられていないほど、悲しんでいるようですね。 「昏い くらい 」は、「暗い」と比べると、感情や道理的なニュアンスがありますので、 ここではネガティブな過去という表現になるかもしれません。 しかし「昏い」には、霞んでぼやけた状態でくらい。 という意味もありますので、どちらとも受け取れるかもしれませんね。 私の昏い過去も、いつかあなたに打ち明けられると思っていたのに、あなたはもういない。 取り戻すことのできない「幸せ」は、過去だけでなく、未来さえも昏くしていくことでしょう。 深く傷ついた心は、癒えることは無いかもしれません。 最も深い悲しみということですね。 「わたし」にとっての 「あなた」の存在がどれだけ大切だったか・・それが伝わってくる歌詞です。 「あの日」とは、失ったその日、その瞬間を表しているのかもしれません。 今までの「幸せ」な思い出はもちろん、「悲しみ・苦しみ」という今の現実さえも、すべてひっくるめて愛している。 「あなた」への想いの強さが解るサビです。 「レモンの匂い」は、「あなたの匂い」を比喩した形で表現しています。 思い出には、視覚や感触だけでなく「匂い」も大きな記憶として残ります。 そして、ここでは2つの解釈をしました。 そのまま「あなた」の匂いをレモンに例えた?• 「苦いレモンの匂い」は 遺体の匂い? 「あなた」の匂いをレモンに例えた? 「あなた」の匂いをレモンに例え、ひとつの記憶として存在している という解釈をした場合。 「あなた」と「わたし」が、気持ちも 距離感も 親密な関係であったことが解ります。 「匂い」を感じられる距離感にいる、存在だったということですね。 「苦いレモンの匂い」は、遺体の匂い? この「苦い」という表現がどうしても引っかかったので、もしかしたら? と思って、そう解釈してみました。 ドラマ「アンナチュラル」では、中堂さんが、 恋人の遺体を前に、言葉を失っているシーンがよく出てきます。 胸に残り離れない記憶は、目の前にした恋人の遺体で、 「 苦いレモンの匂い」と比喩したのは、 遺体の匂いだったのかもしれません。 死後、どれくらいの時間が経っているかにも寄りますが、そう簡単に取れるようなにおいでは無いですからね。 「強い匂い」も、記憶として残り続けているのかもしれません。 そうやって解釈すると、「 雨が降り止むまでは帰れない」という、言葉が理解できます。 事件が解決するまで。 そう簡単には戻れない・・という「決心」としても感じ取ることができます。 2つのパターンで解釈してみましたが、どちらとも感じ取れる表現ですね。 最後になぞった輪郭は、もう亡くなってしまった 「あなた」の亡き骸かもしれません。 その後もたびたび実感する、あなたが無くなってしまったという事実。 その瞬間と出会うたびに、涙があふれてやまないのかもしれませんね。 この歌詞の部分は、 特にドラマ「アンナチュラル」のシーンと重なる気がします。 恋人の遺体を、顔色一つ変えずに解剖しなければならなかった、中堂さんの気持ち。 想像もできないほどの 苦しみだったと思います。 中堂さんの恋人は、目を開けたまま亡くなっていました。 その開いたままの眼は、いったい何を見ていたのでしょうか? 変わり果てたその姿を、私が今まで見たことのない、横顔と表現したのかも。 「わたし」と同じ悲しみを「あなた」には背負ってほしくないという気持ちです。 しかし、「あなた」は亡くなってしまった存在。 この世に形はなく、悲しむことも無いかもしれない。 でも、もし・・死後の世界で存在していたとしたら。 そして、私と同じような悲しみを感じているとしたら・・。 私のことなんて忘れてほしいと、心から願っている。 この部分は、本当に切ない歌詞ですね。 思い出すほどに美化する記憶と、そばにいた感触が、消えない悲しみとして残ります。 そして、ラストのサビへ。 そして、最後の歌詞「 切り分けた果実の片方の様に」という部分。 これは、スペインのことわざ「オレンジの片割れ」からきています。 元々はひとつのものが2つに割れ、片割れに一致するのは、もうひとつの片方しかない。 相手が魂のパートナーであり、 生涯愛する人という意味が込められています。 このように愛し合う2人を果物で例えることは多いのですが、ここでは、匂いの強い「レモン」に例えているんですね。 そして、その片割れである、「あなた」だけが、「わたし」の昏い過去と未来を、照らすことができるのかもしれません。 この先の「わたし」の未来が明るいものではなかったとしても、それを照らす「光」として 「あなた」は心の中で存在し続けることでしょう。

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