高校教師 2003 ネタバレ。 ドラマ「高校教師(2003年)」の感想

高校教師 (1993 TBS金曜ドラマ)

高校教師 2003 ネタバレ

ラストのシーンは海ではなく、新潟県水原町にある瓢湖(ひょうこ)です。 最終話の前半でもふたりで訪れましたよね(このサイトの下の方)。 「うえとあやが海っぽいところにたってるところできれてきまった」ということは、ほぼ全て録画できていたことになります。 雛、立ち上がる。 手にはふたりをかたどったぬいぐるみが握られている。 雛、いったん立ち止まる。 雛、再び歩き出す。 雛の後ろでは白鳥が泳いでいる。 「高校教師」のテロップ。 少し間をおき、「終」のテロップ。 ラストは、ヒナである「雛」(上戸彩)が成長して白鳥になり、「湖」賀(藤木直人)の元を訪れる、という意味でしょう。 ただ、何をしに行ったかは分からないので、湖賀の生死を決定づけるレヴェルの解釈にはならないでしょうが。 ラストは下記参考URLの方の解釈(2003年3月21日~23日のdiary参照)もできますが、やはり生死は謎、視聴者個人個人の判断に委ねるということでしょう。 これを私は勝手に「あしたのジョー方式」と呼んでいます(名作漫画『あしたのジョー』は、激闘の末、真っ白に燃え尽きたジョーの生死が不明だが、作者はジョーの明日を信じる人にとっては生きている、そうでない人にとっては死んだ、という意味のことを言っています。 このドラマに関しては、ふたりの幸せを信じるならば、湖賀は生きていると考えればよいのではないでしょうか)。 参考URL: Q 最終回の場面で、羽村先生と繭は電車の中で心中したと皆さん 推測されてると思うのですが、この前再放送を見て、果たしてどうやって 心中したのかな、とふと感じました。 外傷もなさそうですし、一番わかりやすいのは睡眠薬を大量に飲んだ、という ことになるのでしょうが、その睡眠薬をどこで手に入れたのか、そして どちらが持っていったのか、ということも疑問に感じました。 赤井英和さん演じる先生にお餞別をもらったとき、「死ぬ気じゃないだろうな」 と言われて「そんな勇気ないですよ」と言っていたけど、実はあのときは もう覚悟を決めていたのかな、とか。 でも最初は二人一緒に電車に乗りこんだのではないので、繭が現れてから、 先生の心も次第に固まっていったのか、と思うと繭が薬を・・・? 私は今回の再放送で初めて一通り見たのですが、細かいところは 見逃してる可能性もあるので、この場面からこういうことが予想できる、と いうような情報もあったらぜひ教えて欲しいです。 A ベストアンサー NO. 3yuipeeです。 母に捜してもらいましたが今のところテープは発見できてません。 すいません。 でもNO. 5ron-zz様の所持されてる物と同じです。 すごいですねぇ!もう一度見てみたいなあ! 職場でも話題になって色々調べてたら野島伸司さんのインタビューを載せているファンの方のHPがありました。 (野島伸司) 見る人の判断にゆだねたい。 死んだか生きているかは、その人の想いに任せます。 ただひとつ言えることは、ラストシーン(列車のシートで二人が寄り添う)はハッピーエンドであったということ。 二人の生死の決定はもはや作家の圏外で、視聴者が決めればいいと思っている。 (伊藤一尋P) 生きている。 続編はあってもよい。 多くのファンがそれを望んでいるのだから。 私の立場から言うと、続編はむしろ制作されるべきである。 視聴者の声は積極的に取り込むよう大切にしたい。 続編の内容については、こんな内容にしたい。 まず隆夫は刑務所、繭はその隆夫をひたすら待ち続けるというもの。 ひとりの男を気丈に、しかも健気に待つ女性のひたむきで一途な愛を描きたい。 ルイジ・コンチーニ監督の「ブーベの恋人」のように。 URL載せていいのか判らないので検索してみてください。 3yuipeeです。 母に捜してもらいましたが今のところテープは発見できてません。 すいません。 でもNO. 5ron-zz様の所持されてる物と同じです。 すごいですねぇ!もう一度見てみたいなあ! 職場でも話題になって色々調べてたら野島伸司さんのインタビューを載せているファンの方のHPがありました。 (野島伸司) 見る人の判断にゆだねたい。 死んだか生きているかは、その人の想いに任せます。 ただひとつ言えることは、ラストシーン(列車のシートで二人が寄り添う)はハッピーエンドであった... A ベストアンサー 前回とはストーリーは変わっています。 みなさんのご回答にもあるように、前回の続編という位置付けのようです。 昨日、お昼の情報番組に京本正樹さんとソニンさんが出演しており、この番組 について話しておられました。 京本正樹さんのコメントの中に「今回の作品は 前回の続編、第13話(?)として10年後の学園を描いた物として見て欲しい 10年も経てば生徒も教師も変わるが、自分だけが同じ学園に残っていて前回の 事実を知っているという設定です。 」と言うようなのがありました。 ですから 同じ物だと思って見ると、かなり違和感があるかも知れません。 前回の主人公(真田広之さん)は、大学教授を目指す臨時採用の生物教師という 設定だったと思います。

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高校教師 最終回

高校教師 2003 ネタバレ

持ち主は同じクラスメイトの人気者の女子・桜良で、日記には桜良の膵臓が悪いことが書かれていた。 秘密を知った春樹は桜良に付き合って「死ぬまでにやりたいこと」の実現を目指すことに。 桜良の勧めで教師になったものの人と上手に接することができない春樹は、退職届を出そうと迷う日々。 12年後に桜良の手紙を見つけた春樹は、教師を続けると決意。 春、桜の季節。 桐岡高校で国語を教える若い男性教師・志賀春樹は、必要以上に人と関わらず、寡黙な人物でした。 (注:原作では一人称で「僕」とされるのが、今作品では春樹にあたる) 春樹は教師になったものの、人と接する仕事には向いていないと思っていました。 机の引き出しに「退職願」を書いて、隠し持っています。 ある日、春樹は教頭先生から、図書の整理を頼まれました。 由緒ある図書館なのですが老朽化が進み、取り壊しが5月3日から始まるのです。 司書の資格を持つ春樹に、本の整理が頼まれたのでした。 春樹はこの桐岡高校のOBでした。 図書館に入るのは久しぶりです。 図書室に入った途端、高校の頃の同級生・山内桜良(さくら)がいたような気がした春樹は、奥に図書委員の男子生徒・栗山を見つけました。 栗山も春樹と似て、内気で寡黙な生徒です。 栗山は、現在図書室で使われている図書分類表を作ったのが春樹だと知ると、当時の話を聞きたがりました。 春樹は栗山に促されるまま、話し始めます…。 …2005年。 それは、春樹がまだ17歳の頃の話でした。 今から12年前です。 「君の膵臓(すいぞう)をたべたい」と言い出した女子生徒・桜良に、図書整理をしながら春樹が「カニバリズムに目覚めたの?」と聞き返しました。 桜良は昨日、テレビで「昔の人は、どこか悪いところがあると、他の動物の、その部分を食べたんだって。 そしたら病気が治るんだって」と答えます。 そう言いながら桜良は、春樹に自分の蔵書『星の王子さま』を貸しました。 春樹が桜良のことを「君」と呼ぶのを気に入ったと言い、桜良も春樹のことを「君」と呼び始めます。 桜良が春樹にまとわりつくようになったのは、病院でのできごとがきっかけでした。 盲腸で手術した病院を訪れた春樹は、カバーのついた本を拾います。 なにげなくタイトルを見ると、そこには手書きで『共病(きょうびょう)文庫』と書かれていました。 中身は横書きで、手書きの日記です。 日記の始まりは2003年11月29日からでした。 その日記の持ち主は膵臓が悪く、あと数年で死ぬと書かれていました。 「それ、私の」と言って本を取り上げたのは、春樹と同じクラスで、女子の中で最も人気者の桜良でした。 春樹は驚きます。 その翌日から、桜良は春樹につきまとい始めました。 春樹は人づきあいの苦手な、内気な青年でした。 学校の休み時間にも本を読んで過ごし、友人と呼べる間柄のクラスメイトがいません。 春樹はクラスで最も目立たない地味な存在だったので、桜良が春樹に構い始めたことは、クラスで注目されます。 その頃、春樹は図書委員で、本の分類を整理する係を任命されました。 桜良は春樹について図書委員に立候補し、助手だと言って図書室にも入り浸ります。 「君に、私の残り少ない人生の手助けをさせてあげます」と言った桜良は、春樹に次の日曜の11時に駅前に集合するよう、一方的に言って去りました。 勢いにおされて、春樹は休みの日に待ち合わせ場所に行きます。 こうして、桜良にひきずられる形で、春樹は少しずつ桜良と親しくなりました。 春樹を呼び出した桜良は、デートに似たような行動を取ります。 中学時代からの親友の恭子と一緒に行きたかった、スイーツの店に桜良は春樹を連れて行きました。 桜良が春樹を連れ回すのには、理由がありました。 桜良は医者と家族以外に病気のことを知らせておらず、だから桜良の病気の秘密を知る者は、春樹だけだったのです。 「私の病気を知ったのに、君は変わらなかった」と、桜良は春樹の態度が変化しなかったことを評価しました。 「いちばんつらいのは君なのに、他の誰かが代わりに泣いたりするのは、お門違いだと思うから」と春樹は答えます。 親友の恭子に知られるのを、桜良は最も恐れていました。 できれば態度を変えてほしくないのですが、病気のことを知ると、恭子の態度が変わってしまうだろうと桜良は考えたのです。 知らないまま、変わらないまま接してほしいので、恭子には黙っていると桜良は言いました。 翌日、桜良と春樹のデートのことはクラス中が知っていました。 登校した春樹は、周囲の視線で気付きます。 誰もが「不自然だ」と思うのに、桜良は「仲良し君」と春樹のことを呼びました。 春樹はそれを聞いて、桜良と自分は仲良しなのかと思います。

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昔のドラマ「高校教師」の話の内容をネタバレ含めて教えてください

高校教師 2003 ネタバレ

最終話において、瓢湖は二度、登場する。 1度目は、藤村先生の葬儀と重ねられたシーン、バックには「仰げば尊し」が流れる。 いま思うと、藤村も「恋愛」ではなく「依存」こそを矜持としていたのかと思う。 10年前に女生徒への陵辱を繰り返した背景が初めて明らかになる、藤村もまた、いつわりなくうつろいもしない「真の繋がり」を原子レベルに探して疾走したの。 その疾走途上での、必要悪としての、レイプ。 いつしか、その「真の繋がり」を探すことをあきらめ、足を止めた瞬間、彼を襲ったのは絶望的な罪の意識。 紅子がいたヘルスの個室は、彼にとって教会の懺悔室だった。 そうして罪は裁かれ、命を落とす藤村。 でも、藤村の陵辱を知ってなお、葬儀で「仰げば尊し」を歌う紅子。 ああ、ホントに彼女は聖母だねーって思ってたら、なんと絵美までそれに唱和する。 これはすごいなーって。 彼女こそ、原子レベルの真の繋がりを宿した、藤村にとっての永遠だったのな。 その瞬間、合わさる瓢湖の白鳥のシーン。 涙腺、崩壊。 ある種の人にとっては、死ぬこと自体は不幸なんじゃない。 いつわりとうつろいのなか、時間を生きることこそ、不幸なのだ。 藤村先生は、そうして永遠の安らぎを得た。 郁己はしかし、その藤村先生の安らぎをまだ、この時点で知らなかった・・・ さて、土管のシーンの後、郁己を乗せたヘリコプターは、夕日に向かって、まっすぐ飛んでいき、そこに重ねられて、一昨日引用した、最後のモノローグ。 夕日というのは、これまでの展開の中で「死」「無」という象徴として使われていた。 そしてモノローグにもあるけれど、 郁己 たとえ二人が、何億光年引き離されたとしても なのだから、いろいろ議論がある、郁己の生死については、間違いなく、死んだのだと思う。 はっきりとした描写や言葉はもちろん無いけれど、この前後のコンテクストから、すれば、完治した可能性はゼロである。 ただ、ほんの少しはその後余命を伸ばしたのかなという気はする。 雛との双方向の完全な「依存」・ミニマムな「愛」を達成したご褒美に、神はそのくらいしてもいいんじゃないかと思うから。 いるとすればだけど>神が。 さて、1年後(これは絶対、一年経った後だ)、ラストシーン、問題の瓢湖の場面。 ここで、雛は後を追って死んだのか、死んでないのか、他の男と幸せになっていく可能性はあるのか、二人三脚で一等になるのか、それともずっと一人で生きるのか。 野島伸司フリークサイトのBBSは百花繚乱、すさまじい深度での読み込みが進められている。 で、どかなりの意見。 まず、郁己は死んでいる。 これは前提。 そして、雛は、このあと、入水自死を図ったと思う。 その理由はこれまで述べたとおり。 雛 ・・・やくそくしたらずっとそばにいていい? 土管の中の雛の約束は、彼女にとっては、死んだ後も、ずーっと一緒にいるよ。 っていう静かな事実を意味していたのだから。 第七話かな?橘が「依存は内に篭もる、排他的で、希望がない」みたいな分析をしたけれど、それはその通り。 ただひっくり返すと「内面静かに深められる、2人だけで、永遠の」と読み替えられる。 もちろん、世にはびこる、虫ずが走るような全ての「依存」を当てはめるわけではないけれど、少なくとも、雛は、ここで永遠の「依存」を志向した。 希望はないし、未来もない。 だって、すでに彼女は満たされており、一瞬の永遠にあるから時間の経過も無関係。 もちろん、半ば、宗教的な領域のテーマになる。 かつ、現世での幸せを否定しているから、危険なドラマとも言える。 でもそうだろうか?こんな表層を滑り続ける「享楽と諦観」にまみれた世界だから、結局、戦争をとめることができなかったんじゃないのか。 自分の内面をじっくり深めて見ていくことをしなかったから、他人への想像力が、どんどん退化していったんじゃないのか。 郁己は死に、雛も後を追って、死んだ。 しかし、これはハッピーエンドである。 唯一、「永遠と真実」の名においてのみ、これは明らかなハッピーエンドだと思う。 そう、思うの、どかわ。 そして・・・ そして、ラストシーン。 白鳥で埋まった湖面を見つめる雛。 白と水色が混ざった色のマフラーになってる。 最初は黄色のマフラーをずっとしていた。 10話で雛は灰色のマフラーになった。 ひよこ(黄色)から、幼鳥(グレー)になり、最後に美しい白鳥(白)になってスワンレイク(水色)にたどり着いたのね。 そして手には制服とネクタイをつけたテルテル3号と4号。 回想で、郁己と一緒に瓢湖を訪れた時の会話が挿入される。 雛 先生、奇跡って信じる? 郁己 否定するね、数学者や物理学者は特に 雛 わたしは、信じる 郁己 君は何でも信じるから かつて、火葬されて死んだ人間が、炭素になって、宇宙空間をさまよい、再び一人の人間と会える可能性を計算した郁己。 今度は雛が、その可能性を、信じる。 この切ないユーモアに満ちた温かい会話とともに、雛は足を進める・・・双方向の「依存」。 この時の雛の、穏やかな顔。 そして、ヘリコプターが飛び立つ直前の、郁己と見つめ合う、雛の顔は、ほんとうに美しい。 そこには時間も止まって、希望もないけれど、そこには永遠と真実があった。 最後にもう一度、ラストのモノローグをかみしめたい。 たとえそれが恋でも愛でもないのだとしても 君が僕を望む限り 僕が君を望む限り I NEED YOUと望むかぎり この2つのシーンの雛の顔は、忘れられない。

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