古代 エジプト 復活 の 象徴。 太陽神ラー、太陽の化身。エジプトの最高神にして宇宙の創造者

来世への祈り―古代エジプト人の死生観― | 真言宗智山派 総本山智積院

古代 エジプト 復活 の 象徴

image credit: 古代エジプトのシンボルとして有名な「ホルスの目」。 この記号が入ったエンブレムには保護、王権、健康の力があると言われている。 古代エジプトでは非常に古くから、太陽と月は、ハヤブサの姿、あるいは頭部を持つ天空神ホルスの目だと考えられてきた。 天空神ホルスの二つの目はやがて区別され、左目は「女神ウアジェトの目」として月の象徴に、右目は「ラーの目」は太陽の象徴とされた。 ロータス(蓮の花) 古代エジプトで生命、創造、再生の意味を持つ記号の一つが「蓮の花(ロータス)」である。 蓮の花はエジプト初期王朝時代に登場した記号だが、その後の王朝でも使用されていたようだ。 スカラベ ブルックリン美術館に存在する紀元前712年から342年に作られた「羽を広げたスカラベ」 image credit: チェトはエジプト神話の女神、と強い関連を持っていると言われている。 アンクにも似たこの記号は両側の腕の様な部分が下を向いており、富や生命を意味している。 初期王朝時代、チェトを形どった護符が死者と共に埋葬されていたという。 死者の書の156章によると、死者のミイラには赤碧玉の入ったチェトが共に埋葬されるべきだとされている。 死者の書によれば、赤碧玉の入ったチェトは死者のミイラにイシス神の加護を与え、墓荒らしをする者を遠ざける魔力があるとされていた。 ベンベン この記号はエジプト記号においてアンクの次に有名であるが、多くの人が「正式名称が分からない」と言われる記号である。 と呼ばれる丘はアテム神が世界を創造した時、彼が立っていた丘であるとされている。 また、ベンベンを模した四角錐の石造記念物を「ベンベン石」と呼ぶ。 ベンベン石の表面は鍍金されており、太陽の光に照らされると、あたかもそれ自身が光を発するかのように輝いたという。 そして何よりもベンベン石はピラミッドやオベリスクの原型とも言われている。 ・10. クルックとフレイル(杖とからざお).

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第四十一幕「古代エジプトに息づく永遠の生命の象徴」(「蘇民将来」と「過ぎ越しの祭り」)

古代 エジプト 復活 の 象徴

概要 [ ] 生きている神的存在が一度死に、死者の存在する地下世界に行った後、再生するという説話は世界中に広く分布している。 「死」「再生」は文字どおりのものとは限らず、食(、)などで象徴される場合もある。 このようなとしては、、、、などがあり、女神では、も死の国に行って戻ってきた。 死と再生はの中核をなすものでもある。 のの訪問、のも類縁である。 また、怪奇文学ののモチーフの一つである。 神話学的研究 [ ] 近年の創作物であるクトゥルフ神話はおくとして、このように、死と再生の神は広く世界各地で語られた。 歴史的には、このカテゴリーは宗教における二つの異なった研究法と強く関連してきた。 第一は「自然派」とでもいうべき方法で、自然現象を元にそれらが並行して生まれたと説明するものである。 第二は「内面派」とでもいうべき方法で、これらの神話を人間個人の精神的要素からの変型として説明する方法である。 自然派のアプローチ [ ] 季節を起源とする説 [ ] 上記のようなの二つの方法論の内、的なアプローチには太古からの典拠がある。 これらの信仰はが巡る事と深く結びついており、例えばの女性が鉢の中に「」を作ったとする。 若い緑は育ち、夏の暑さに喘ぎ、やがて女性は若い神の死を悼むであろう(の人々は草花の盛衰をアドーニスの去就と関連づけて表現する、の意。 外部リンク参照。 に関しては後述)。 このような合理的解釈は古代においても既に行われていた。 は堅固な自然派の解釈をもって、神話の起源を季節という現象に帰している。 こういった的解釈はやがて(。 の終わり頃)によって集約され、「エウヘメロス的」と呼ばれるようになった。 宗教の中で公的・社会的な面を至上としたや、のような的なのは、、アドーニス、ペルセポネーの神話と祭礼を自然現象を引き合いに出して説明しようとした。 キケロがいうには、ペルセポネーの誘拐と帰還は農作物の播種と成長を象徴している。 太陽活動を起源とする説 [ ] 末になると、自然派の解釈には新しい活気がもたらされた。 あらゆる宗教的な現象を活動で説明しようとする のような自由な思想家が現れたのである。 かくして、イエスやの苦難はいずれも昼間、夜間、夜明けという一連の変化を表していることになった Godwin, 1994。 この解釈自体は古くからあり、例えばの壁画には太陽が没した後、地下の「道」(女神の体内として表される)を通って再び夜明けとなって復活する様が描かれ、信仰の元となっていた。 脱皮現象を起源とする説 [ ] や昆虫などの動物は成長する過程でという現象が見られ、古い身体を脱ぎ捨てて新しい身体を獲得する。 古代人はその観察から復活・再生の象徴として捉え、特に蛇はエジプトのや、旧約聖書に出るなどが有名である。 さらに、期には自らの尾を咬む蛇、として各地で永遠のシンボルとされた。 蛇を邪悪なものとしたイメージは『』のに出てくる蛇をと結びつけた後世のの影響であるが、やイエスの言葉でもある「蛇のとおり賢く、鳩の通り純粋になりなさい」の言葉からもわかる通り、キリスト教でも二面性をもっている。 なお、聖書を所持していたの一部にも蛇を善の側とする見方が存在する。 日本では奈良県に伝わるが代表的なもの。 儀式を起源とする説 [ ] 自然派の仮説は、と 、及び彼らを継いだの宗教研究家らの研究によって更なる高みに達した。 彼らの『』及び『ギリシア宗教研究に対するプロレゴメナ』は後世に大きな影響力を残した。 フレイザーとハリソンはいう。 神話から儀式が生まれるのではなく、儀式を説明するものとして神話が生まれた。 即ち、全ての神話は信仰を反映したものに過ぎない。 全ての信仰にはそれぞれ、 によって自然現象を操作するという原初の目的がある。 (彼等のいう)蛮族は、人間は大なり小なり自然界に超自然的な方法で影響を与えることができると信じていた。 そのための方法の一つが、自らが望む自然現象を模倣することである。 ペルセポネの強姦と帰還、オシリスの損傷と修復、の辛苦と勝利という神話は全て、衰えた大地と作物が再び肥沃な状態へと生まれ変わることを願う原始的な儀式から生まれたものであろう。 しかし現在では、神話と儀式の関係には普遍的な判断をつけずそれぞれの民族ごとに判断すべきという意見で一致している。 儀式が先行し後に神話が作られたというフレイザーらの説を立証する証拠はほとんど見つからず、逆にのの例のように神話が先行して存在し、儀式は神話の補強として発達する例が多い。 内面的アプローチ [ ] 近代心霊主義の時代 [ ] ペイン・ナイトの太陽-説はのような学者によってより無難な説にまとめられたが、説が一般人にも知られるようになると、奇妙な変化をきたす。 これは時代までには起っていた。 のようなグループは、キリスト、オシリス他の太陽の死と再生に関係すると推測された神々の間にある学術的に想定された並行性を用いて、極めて精緻なシステムをとの裡に構成したのである。 輪廻転生 [ ] さらに広い視野で見てみると、「死と再生」の思考に似たものが東洋の宗教にもあることに気付く。 やなどに見られるという概念で、生命は生死を繰り返し輪のように循環していると説くものである。 何度も繰り返す点で季節や太陽の循環説と一致し、動物などに生まれ変わる事もあるとする点では異なるが、ユングは発想の類似に着目し集合的無意識に含まれるものとした。 ユングは者のの影響を受け、東洋思想の研究も進めていった。 ユングの説 [ ] に入る頃には、化された説がアカデミックな場でも論議されるようになった。 の者はやなど神秘主義、アジア・アフリカなど諸民族の心理も視野に入れて研究を大成し、死と再生というはにより個人・民族間に共有されるの一部であって、心理学的統合過程に役立ちうると論じた。 つまり、人間には無意識の力動があり、それは元型として象徴的に捉えられる。 元型の中には個人個人の枠を超えて共有されるものがあるので、地域の神話として確立し、また似た種類の神話が各地に生まれた。 例えば元型としての太母(、)のイメージはの中に頻繁に現われる。 ユングの説はや ら学者の手で変更をうけつつ引き継がれた。 カテゴリに対する批判 [ ] 死と再生の神を一般的なカテゴリとすることについては、還元主義的であるという批判がある。 曰く全く異なる複数の神話を一つの箱に押し込み、その上で論争を闘わせても、本当の問題であるそれらの間の差違を隠蔽するだけである。 そればかりでなく、死と再生は多くの他の信仰よりもキリスト教的信仰にとって中心的なものであるから、この種の論法はキリスト教をもってあらゆる宗教を判断する基準としかねない。 この点に関して詳細は例えば(Burkert, 1987)および(Detienne, 1994)を参照されたい。 ドゥティエンヌを例にとると、彼は1972年の著書でのアドニア祭において「アドーニスの園」と呼ばれるガーデンの成長と枯死の儀式を研究した。 これは麦などの作物を鉢植えにし、八日めに枯れた鉢植えをアドーニスの像とともに水中に廃棄する儀式であり、もっぱら女性が行ったが(後に転じて長期的な展望を伴わないずさんな育成を指すようになった)、ドゥティエンヌは一見大地の豊穣を表現しているかに見えるアドーニスの園が、実際には豊穣とは逆の不毛を表現していることを指摘している。 彼によると、これらハーブ(及び、その神アドーニス)は作物一般の代理人というより、香辛料をとりまくギリシア人の心と関連して形作られる複合体の一部をなしている。 性的な誘惑、策略、健啖、出産への不安などといったものがその複合体には関連している。 この観点では、アドーニスにまつわる神話や祭は古代ギリシア人の文化を分析するための多くのデータの中の一つに過ぎない半面、ドゥティエンヌの研究はオリエント起源の東方的な神話的人物であるアドーニスが、デーメーテールとコレー(ペルセポネー)の神話と対立する形でギリシア人の文化の中に体系的かつ多層的な形で取り込まれていることを解明している。 この研究が明らかにしているのは、アドーニスが単なる植物神とするだけでは解釈できないほどに、古代ギリシア固有の社会的文化的文脈に沿った複雑な性格を持っていることであり、ましてやフレイザーの解釈のごとく 穀物の精霊ではないということである。 このドゥティエンヌの研究の背景には神話や儀礼をそれぞれの文化の違いを度外視し、類似性のみによって比較するフレイザー流の手法に対する批判があり、とりわけとの研究がそれを決定づけたといえる。 キリスト教信仰 [ ] 世界中に共通の死と再生の神というモチーフがあると考えられていること、殊に沿岸地域にその種の信仰を持つ が存在していること(例えば、、)から、イエスは歴史的に実在した人物というよりも、このカテゴリを「原型」とした統合的発展ではないかと推測する人々がいる()。 また、イエス自身は実在の人物で、復活に関わる部分が後にその種の秘教の影響下に加わったと考える人々もいる。 は後者に改宗した後、次のように語った。 「もし神が『神話生成の神』であることを選ばれ、そして空(そら)がそれ自体は神話でないなら、私達は『神話病の患者』であることをやめてはどうだろう。 」 この論点については「イエスの実在性」 参照(日本語版ではを参照されたい)。 死と再生の神と考えられている神々 [ ]• 脚注 [ ] [] は列挙するだけでなく、などを用いてしてください。 記事のにご協力をお願いいたします。 ( 2015年2月)• 1987. Ancient mystery cults. Cambridge, Mass. 『アドニスの園 ギリシアの香料神話』、鵜沢武保訳、、1983年4月。 Detienne, Marcel 1994. The gardens of Adonis: Spices in Greek mythology. Princeton, N. 1996 [1890]. New York: Touchstone. 1994. The theosophical enlightenment. Albany:. 『世界神話事典』大林太良、、、編、〈角川選書 375〉、2005年3月。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• PDF.

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古代エジプトの死生観:「復活」について

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古代から信仰の象徴である「ナイルの花嫁」 古代エジプトには2種類の スイレンがあったと言われています。 昼に咲く青い スイレン「ニンファエア・カエルレア」と、夜に咲く白い スイレン「ニンファエア・ロトゥス」です。 ふたつのうち、昼に咲く青い スイレンがより神聖であるとされました。 古代エジプトでは、太陽神ラーの信仰が盛んだったことがその理由です。 太陽が昇っている間に咲く性質と、放射状の花びらの形が太陽を象徴すると考えられていたのです。 さらに、 スイレンとラーに関する 神話もありました。 太陽はナイル川のスイレンの花から昇るとされていて、太陽神ラ ーはスイレンから生まれました。 ラーから太陽の象徴を引き継いだ神ホルスの足元は、ス イレンの花で飾られています。 また、昼咲きの スイレンの性質である「昼に咲いて、夜はしぼんで水没し、朝になるとまた浮かんできて花を咲かせる」ことから、「永遠の再生」を象徴する花でした。 これもまた古代エジプトの信仰において重要な要素です。 古代エジプトの王は「肉体が死んでも魂は不滅であり、また元の肉体に戻ってきて復活する」と考えられていて、死後も体をそのまま保存する為にミイラが作られていました。 そのため再生を司る神や、偉大な王のミイラにも スイレンの花が使われていたのです。 来世で無限の寿命を与える再生の神ネフェル・トゥムは、スイレンの花の冠をかぶっています。 紀元前十三世紀の王ファラオラメセス二世のミイラにも、青と白のスイレンの花びらが 使われた、十三本の花輪がかけられていました。 「ラメセス二世」は「ラムセス二世」とも表記され、「オジマンディアス」の別名で知っている人もいるかもしれませんね。 また、 スイレンは神や王に捧げられるだけでなく人々の日常生活にも重要な役割がありました。 白い スイレンの実を砕いてパンを作ったり、茎を茹でたりして食用にしていたのです。 他にも薬の材料にされたり、柱の意匠として使われたり、 スイレンは古代から現在にいたるまでエジプトの人々に愛され、「ナイルの花嫁」とも呼ばれ、エジプトの国花となっています。 正体は美少女!? スイレンにまつわる悲しい神話 ギリシア 神話の中では、 スイレンに姿を変えた美しい妖精の乙女「ローティス」の話があります。 彼女の美しさに目をつけた男根神プリアーポスが言い寄ってくるので、ローティスはいつも逃げ回っていまし た。 それでもプリアーポスが諦めないので、うんざりしたローティスは水辺で神に祈り、 真っ赤なスイレンの花に姿を変えたのです。 古代ローマの詩人オウディウスの『変身物語』には、この話の続きが描かれています。 ローティスが スイレンになってから、しばらくたった後、ドリュオペーとイオレーという姉妹が水辺に遊びにきました。 彼女たちはこの美しい赤い スイレンが妖精の化身であるとは知りません。 姉のドリュオペーが手折ったのを見て、妹のイオレーも スイレンに手を伸ばしました。 その時、 スイレンに異変が起きました。 見ると花から真っ赤な血が滴り落ち、スイレンも怖がるようにぶるぶると震えていた のです。 ふたりはびっくりして、急いでその場から立ち去ろうとしたのですが、ドリュオ ペーのほうは動けません。 なんと、足に根が生えてきていたのです。 イオレーも手伝っ て、急いで引き抜こうとしましたが、びくともせず、腰のほうまでどんどん樹皮のように なっていきます。 ドリュオペーは「この花は摘まないで」と言い残して、とうとうスイレ ンに姿を変えてしまいました。 ドイツでは スイレンは水の妖精の化身であると言われています。 人間が近づくと スイレンに姿を変えて身を隠し、人間がいなくなると元に戻るのです。 別の話では スイレンの葉の下にいる水魔が、 スイレンを手折ろうとすると沼へと引きずり込むと言われています。 もしかしたら、水辺に遊びに来た子供たちが スイレンの花を摘もうとして溺れないための戒めなのかもしれませんね。 そして スイレンに身を変えた乙女の伝説はヨーロッパだけではなく、アメリカにもあるのです。 アメリカ合衆国ニューヨーク州にあるタッパー湖は、ネイティブ・アメリカンからは「星辰湖」と呼ばれていて、そのほとりにはサラナク族が住んでいました。 サラナク族の酋長「ワヨタ 燃える太陽 」と美しい娘「オジータ 鳥 」は恋人同士でした。 しかしオジータの両親はずっと前からオジータの嫁ぎ先を決めていて、オジータも両親の考えを尊重し、愛しているにもかかわらず、ワヨタを避けるようになったのです。 ある日、戦争から帰ってきたワヨタはオジータを抱きしめようとしましたが、オジータは逃げて星辰湖に突き出た岩の上に駆け上がりました。 ワヨタは呼びかけましたが、オジータは振り返るだけで手振りで離れるように伝えます。 しかしワヨタはオジータの態度が理解できず、微笑みながら近づきました。 するとオジータ星辰湖に身を投げてしまったのです。 慌ててオジータを救おうとしたワヨタですが、湖のどこにもオジータの姿はありませんでした。 あくる日ひとりの漁師が、星辰湖の水の中に、白や金色の花がたくさん咲いているのを 見つけました。 サラナク族の預言者は「これはオジータで、死んでこのような姿になった のだ。 オジータの心はこの白い花びらのように純粋で、この金色の花のように愛が燃え盛 っていた」と語りました。 湖や池の水面に静かに浮かぶ小さな花は、世界中の人々に可憐な少女を想像させたのでしょうね。 黒いスイレンには毒がある? また、 スイレンの伝説には少々恐ろしいものもあります。 西洋の伝説では、黒い スイレン black Lotus には、毒や眠りをもたらす作用があるとされているのです。 しかし、自然界には黒い スイレンは存在せず、近年になって品種改良で赤黒い品種が作られました。 では黒い スイレンの話は何が元になっているのかというと、古代ギリシアの詩人ホメーロスによる『オデュッセイアー』に描かれた話だと考えられています。 トロイア戦争の後、オデュッセウスがギリシアに帰る途中、船がリビアの岬に漂着しました。 オデュッセウスは三人の部下に偵察に行かせましたが、いつまでたっても帰ってこないので、自ら島に乗り込みました。 その島にはロートパゴイ Lotophagoi ロートスの実を食べる人々 が住んでいました。 ロートスの実はサフラン色の果物で、おいしいだけでなく、世のすべての苦痛を忘れ、実 を食べること以外は考えられなくなる代物でした。 偵察に出た兵士たちは、島の住人にロ ートスの実を勧められ、食べてしまっていたのです。 それを知ったオデュッセウスは、三 人を鎖に繋いで拘束すると、すぐさまその島を離れました。 「ロートスの実」とは蓮 ロータス の実やナツメだともいわれていて、怠惰に暮らす人や夢ばかりみている人を英語で「ロータス・イーター」と呼ぶようになりました。 しかし実際は蓮の実ではなく、エジプトプラムというブドウのような房状の甘い果物だったようです。 実際は違っていてもこの話から、「この世の全てを忘れてしまう毒のような魅惑の実」のイメージが当時の スイレンの実にあったのかもしれません。 実際の スイレンの実に酔っ払う効果はありませんが、品種改良で黒に近い スイレンもできたので、これから先、酔狂な人が改良を重ねたら、「黒い スイレンの実を食べると酔っ払って眠ってしまう」という伝説の再現ができるようになるかもしれませんね。

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