内輪 ノリ。 【福田組の内輪ノリ】「シャザム」のミスマッチ吹き替え。福田監督の功と罪【癖が強すぎる】

内輪ノリのライブイベントがなくならない4つの理由

内輪 ノリ

新たな刺激を得られない 仲間内の内輪ノリの中に居る人って、そこは居心地良くて楽しいところです。 ただ、それでは新しい刺激が得られません。 新たな風を吹かすことが出来る人が居るならいいけれど、吹かしたとしても 煙たがられる可能性がある。 誰でも居心地の良い場を崩されるのは嫌ですからね。 居心地の良さから外部に出るのを面倒になる これは部活、趣味、音楽関連だと 「ここで頑張る方が良い、ここで頑張ろう」 っていう思考になってることも多い。 はっきり言いましょう。 それでは大して成長しません! 成長って言う面で言うとそれは マイナスでしかありません! これは確かです! 仮に良いグループやサークルに入ったとしても、そこに居続ける限りは成長しません。 なので成長したいと思ってる方は一度そこから離れるべきです! 同じ場に居ては新たな刺激を得ることは出来ません。 人間関係もあるから抜けにくい とはいえ、グループやサークル等で重要な人だとそうはいきませんよね。 その中での 人間関係もあるでしょう。 だから無理する必要はないです。 成長したいという意思があるなら、グループの方と別で自身の何かを出来るはずです。 バンドも同じだった 自分にとってはバンドもそんな感じでした。 やっぱり新しいことにチャレンジしていきたいし。 メンバーも慣れとか出てきて、馴れ合い、手抜いたり、いい加減になったりしてくる。 そんな時に自ら新たな風を入れようとすると 「はぁ?何お前?」ってなりました(笑) 新しい風を起こすとかする時点で、やっぱり自分にはバンド向いてないんやろなと思う(笑) 僕はそういうところ空気読まずに挑戦してみたくなるんよね。 やっぱりね、やる時はビシッとしたいでしょ? そこが蔑ろになるとモチベーション落ちてきます。 内輪ノリを否定してる訳ではない なんか変に意識高い系なこと書いた気もするけど(笑) 内輪ノリを否定してるつもりはありません。 もし、そのグループ等で少しでも疑問や引っかかることがあったりしたら 少し距離を置いてみたりするのも大事です。 あなたの気持ちに正直に。 そして無理をせず。 今日はこの辺で終わります。 読んでくれた方々、ありがとうございました!.

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【悲報】バーチャルさんはみているとかいうVtuberアニメ、ガチでキツすぎる「半分拷問だろあれ」「バラエティ番組やで」「月ノ美兎だけは許すわ」 2ch反応まとめ

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今回も「エピソード型」「ハイコンテクスト型」「意味不明型」の三種類に分けて紹介するけど「これは意味不明なエピソード型だな」とか「ハイコンテクストすぎて意味不明だな」など複合型の存在が明らかになってきた。 そういうのは適当に分類しているから分類に違和感があってもあまり気にしないでほしい。 それとしこたまあるから全部は紹介しきれないことをご了承ください。 変な先生や印象的なエピソードが内輪ネタになったタイプ 『エピソード型』 メンタリズムです 中学生のころ、市民ホールでなにかの公演を見るだか学年でなにかの発表をするだかの待機時間に、暇を持て余したある一人の男子が、ペットボトルを手品をするようにみんなによく見せてから、 股の間をくぐらせるように思い切り床に叩きつけて 「これが、メンタリズムです」と言う遊びが大ウケしていました(当時メンタリストDaigoがテレビに出始めていました)。 ドッカンドッカンとウケて、最後に新任の数学教師に見せたらポカーンとされて、それを見た我々も夢から醒めたように「なにが面白かったんだろう…」となってしまいました。 それ以降このメンタリズムは行われなくなりました。 年間パスポート 我流メンタリズムをくらえ。 CIA 所属していたディベート部で、ある部員が「CIAは敵対組織に送ったスパイに会議中関係ない話をさせて生産性を下げるらしい」と言ったのをきっかけに、部活中脱線した話題を振った奴が CIA呼ばわりされるようになった。 無記名 ちょっと呼ばれたい。 オシグラ 中学生の時バレー部に所属していて試合開始前私が緊張していたら、友達が お尻たたいていいよって言ってくれた。 お尻を連続で何回もたたいていると、友達が不意に力を緩めた。 その瞬間お尻の固さがグラデーションがかってプリプリになった。 その感覚が面白すぎてそれ以来試合前緊張している時はお尻を叩いている。 その行為を オシグラと呼ぶようになった。 腸内会 気になりすぎて自分の尻をバシバシ叩いてしまった。 ほっほっほ 6人グループで旅行中、私が前を歩く友人のかかとを踏んでしまい、お互いに「ごめん」「ごめん」と言うやりとりが発生。 それを見た別の友人が 「踏んだ側はごめんだけどさ、踏まれた側もごめんって言うの変じゃない?もっとこうさ、 『ほっほっほ、大丈夫じゃよ』くらいの感じでいいと思うわけよ」と言い出し、その後はみんな足を踏まれるたびに 「ほっほっほ、大丈夫じゃよ」と返していた。 しかもちゃんとジジイの声でゆっくり間を開けながら言わないとやり直しを要求された。 チビ 足踏まれた上にやり直しまで要求されるの!? うんこまんじゅう 私が交際していた男性が既婚者と分かったとき、仲の良い友人4名で構成されたグループLINEでその男性を 「うんこ」と呼ぶことになりました。 それから更に発展し、彼が 「うんこまんじゅう」を作って生計を立てているという設定になりました(彼はそれで生計を立てている人ではない)。 そして同時期、たまたま私の知り合いの男性が初めて買った憧れのPORTERのバッグに誤ってうんこをしてしまった事件(和式でうんこしたとき奇跡的に入ったようです)を知ることがあり、同じグループLINEで 「うんこポーチ」という単語も誕生しました。 それから私たちは事あるごとに 「うんこまんじゅう」「うんこポーチ」を多用するようになり、半年くらいはその単語だけで笑えるくらい大好きでした。 使用例:「今日はうんこまんじゅう作って持っていくね」「今年の誕生日はうんこポーチプレゼントするね」 また、「鼻くそポーチ」という亜種もありました。 パップンコ 私が高校生の頃、同級生とコンビニでアイスを選んでいた時のこと。 私が「パピコが食べたいけど1個目を食べてるうちに2個目が溶けてくる」と文句を言うと、 友人が 「じゃあパップンコする?」と。 どうやらパピコ半分こする?と言いたかったらしい その言葉がツボにはまりそこから2人の間でパピコを半分こする時は 「パップンコする」と言うようになりました。 大阪のスクランブル交差点 あまりにもしっくりきて公式の言葉じゃないか調べてしまった。 ゴンバラザムス 中学の頃、なにかの会話の際に友人が「カピバラさん」と言ったのを、私が 「ゴンバラザムス」と聞き間違えて以来、仲間内で聞き間違えが発生するたびに 「 ゴンバラザムスだよ、今のは」と強く指摘するのが流行りました。 そのうち ゴンバラザムスの原形が何だったのか思い出せなくなっても流行り続けたのが面白かったです。 もっこし なんなんだか全然わからんけど字面が強すぎる、ゴンバラザムス。 もうここらでよか 好きな人からしたら不謹慎な話だが、鹿児島に友人と旅行にいった際、西郷隆盛の 「晋どん、もうここらでよか」という介錯を頼む最後の言葉が流行ってしまった。 もうここらでよか 介錯するほうも嫌だよそんな介錯。 妖怪耳汚し 【あだ名】 大学時代卒業も間近に控えた頃、男数人で今後の人生について考える真面目な話をする中で、 ある一人だけが彼女と避妊具をつけずに行為をしたいという旨を述べたため、戒めの意味をこめて彼のあだ名が 「妖怪耳汚し」にさせられていたこと。 その後すぐ戻りました。 あの時はすまなかった 妊娠したら半妖が生まれるんだぞ妖怪耳汚し。 責任とれんのか。 キャベツ 高校時代、友人と体育で卓球する際「普通にやってもつまらないから古今東西しながら卓球やろう」となり、お題を「生き物」でやっていた所、だいたいの生き物を言い尽くした友人が 「キャベツ!」と言い放ちながら玉を打ち返してきました。 それ以来卓球をする時は 「キャベツ!」と言いながら打つのが鉄板ネタになり、現在は高校時代の思い出話をしている時に「キャベツ!」と突然言うだけで数秒遅れてからお互いにめちゃくちゃ笑うようになりました。 無記名 生き物縛りでもかなり最後の手段だよな、キャベツ。 強い仲間意識や友情が生んだタイプの内輪ネタ 『ハイコンテクスト型』 さくら 部活の練習後、終わりの挨拶のために部員20人程度で集合して雑談をする時間があったのですが、そこで誰かがスマートフォンでケツメイシのさくらを流し、イントロの間 「何この曲」「ちょっと知らない曲流すのやめて」「聞いたことないんだけど」 「早く止めて」など思い思いに知らないフリをしておきながら、歌詞に入ると一転、 全員真顔でリズムに合わせ左右に手を振りしばらく踊り続けたあと、「何だこの曲ね〜」「めちゃくちゃ良いじゃん」 「早く言ってよ」「最高の曲」などと手のひらを返して大盛り上がりし、そのまま解散する、という流れがありました。 誰がいつなぜこんなことを始めたのかすっかり忘れてしまいましたが、今でもケツメイシのさくらが流れるとドキッとします。 ケツメイシ さくら なんの部活なら練習後そうなるんだ。 温泉 弟とのノリで、どちらかがおもむろに 「温泉行く?」と言い出し、もう片方も 「温泉行く??」と嬉しそうに返したあと 「行こ!」「行く行く!」「温泉行こうよ!」と2人で騒いだあと急にしーんとなるやつがありました(温泉は行かない) らたん いけよ。 庭 高校時代、一番仲良かった友人とやってた遊び ? です。 特に前触れもなくエアギターをし始めて、友人もノってきたら 「それでは聞いてください…ファーストシングル 『庭』」と私が言い出し、 友人が 「庭!庭!庭!」って歌うだけの遊びでした。 ちなみに歌は適当なので、毎回リズムは変わってました。 あとたまに 「2ndシングル 『ガーデン』」になる時もありましたが 歌詞が 「ガーデン!」に変わるだけ 、なんでそんなに庭にこだわってたのかは私も友人ももう覚えてませんでした。 もずく 2ndシングルで1stとコンセプト被せてくるの強気なプロデュースすぎる。 縮れ 友達に借りた教科書や漫画を返すときに、「ありがとう!てゆうか縮れ毛はさまっとったよ!」と囁く。 「えっ?!」と反応してしまったら負け。 「おー、はさんどいたわ」とクールに返せたら勝ち。 ちなみに女子高でした。 いんのけ クールとか勝ちとかの概念がよくわからなくなってきたよ。 ぬくもり 15年ほど前の高校時代、まだ「ヒートテック」などの商品名が浸透しておらず、長袖のインナーのことをみんな「ババシャツ」と呼んでいた。 「高校生なのにババシャツと呼ぶのはおかしい」と感じたわたしが長袖インナーのことを 「ぬくもり」と呼び始めたところ、わりと周りで流行った。 このまま世界で 「ぬくもり」を流行らせられると思った。 でも、数年後には「ヒートテック」に取って変わられた。 うさぎ おいユニクロさん、今からでも変えちゃどうかな。 5 私は介護の仕事をしています。 これは自分の働いている施設だけではないと思いますが、便秘なんかで排泄が滞っていたり失禁が多い利用者の排泄の状況を職員間で共有することがあると思います。 そうした時に出たうんちの量を1〜5の数字で表すことがあるんです。 数字が大きくなるにつれてたくさんうんちが出てるってことです。 仕事では当たり前のように 「〇〇さん排便あった?」 「さっき出ましたよ。 4ぐらいですかね。 」 なんて話をしたりします。 そんなある日の職場の飲み会でトイレから帰ってきた同僚が 「すいません、5でした!」 と言いながら戻ってきたんです。 そもそもそんなこと報告しないでほしいんですがその時はそれがとにかく面白くてその日の飲み会はトイレから帰ってきた人が逐一出たうんちの量を報告するという内輪ノリが発生していました。 我ながら最悪だなと思いました バナナうんち食べ郎 業界ならではの内輪ネタめちゃめちゃ面白いな……。 ヤンキーに憧れる陰キャのノリみたいなものだったと思うのだが、いつの間にかクラス中でやっていて、 本物のヤンキー女子も「ヤンキーじゃねぇしっ!」と笑って乗ってくれていた。 ある日休み時間に 「お前のスニーカーの靴ひもめっちゃカラフルじゃん。 ヤンキーだな?」と言い出したヤツがいて、そこから 「黒いライン入ってるスニーカーのこいつの方がヤンキー」 「真っ赤なスニーカーもいる!こいつの方がヤンキー」と、はいているスニーカーのレベルでヤンキー度合いを測り、クラス中でゲラゲラ笑っていたところ、担任が教室に入ってきた。 担任はクロックスサンダルをはいていた。 教室内の時が止まり、「おい、アイツが一番ヤベェぞ……!!!」という雰囲気になった途端、その場にいる全員が崩れ落ちて笑い転げた。 スニーカーがどうのと盛り上がっている自分たちを一掃する威力。 クロックスは衝撃だった。 「あいつはヤンキーの上を行く…… ヤクザだ!!!」 温和なオッサンだった担任のあだ名がヤクザになった。 今でも担任が教室に入ってきて、はいているのがクロックスだとわかった瞬間の教室の雰囲気を思い出すと死にそうになるし、当時のクラスメイトと会って飲んでもヤクザの話になる。 文化祭のクラス展示で教室の壁一面レベルの巨大な担任の似顔絵を製作し、背景にでっかく「ヤクザ」と書いた時が全員ヤクザハイでヤバかった話がテッパン。 ヤンキーじゃねぇし 「ヤンキーじゃねぇしっ!」って言ってるヤンキー女子クソ可愛いな。 笑顔が見たくて ゲラの友達がいて、ちょっと面白いことを言うだけでも笑ってしまうのでLINEの最中相手がバスや電車など公共の場所にいると笑うからやめてと言われるのですが、 「笑顔が見たくて…」と言って許してもらう。 というのをやっています。 りこてん かわいい。 忘れる 高校の時 「概念を忘れる」という遊びにハマっていた時期があります。 例えば 「今日は「寒い」という概念を忘れよう!」となると、どんなに寒くても 「えっ涼しすぎない?なにこれ!?」 「あり得ないくらい涼しい!!」などと表現し合い、人類で初めて「寒い」を体験する人になりきります。 そのうち誰かが素で「寒っ」と言ってしまいふんわり終わります。 たとえばんこ 「あり得ないくらい涼しい!!」なんて楽しい言葉なんだ。 精密 私と親友の間に存在していた 「まじ精密な作りなんですけど!」という褒め言葉 女子はなんでも「かわいい」と言う、という評価に反発し女子が「かわいい」と言いがちな場面で使用していた 外遊び行きたい ミニチュアダックスフンド、マジ精密〜! もはや完全に意味がわからない 『意味不明型』 削除 小学生の頃、デスノートが流行っていたとき。 男子同士で 「削除しようぜ!! 」と合意すると、3メートルくらい距離を取ります。 そして、 「削除!!!!!! 」と叫びながらお互いに股間をまさぐりあい、先にギブアップした方が 削除されるという遊びがありました。 休憩時間はずっと削除してました。 知識人 これならLも苦労しなかったのに。 ヤンス 体力測定で、飛んできたボールの位置を覚える人達が、ボールが飛んできて凹んだ地面を指さしながら 「おやびん!ここでヤンス!ここでヤンス!」と叫ぶのがめちゃくちゃ面白く、しばらくクラスで流行した。 親分役はいない。 バミュトン ゲロ吐きそうなほど笑った。 さしみ 小学生の時に 「さしみ」という名前の秘密結社がありました。 集会場所は体育館の倉庫。 さしみには過酷な入社条件がありました。 今現在所属している友人グループ全てから抜けないといけないということ。 おそらく10人前後の秘密結社でしたが、当時私はその結社に入りたくて仕方なく、でも今の友達とも縁を切りたくないという葛藤に迷い続けていました。 サスティナブレイ フリーメイソン、イルミナティ、さしみ。 も 小学5年生頃、何故か、 「も」という文字が友達との間で大流行しました。 会話の中で「も」が含まれた言葉が出てきたら 「 『も』じゃん!!!」と言うことから始まり、 国語の教科書に出てくる接続詞の 「も」に全て丸を付ける、 自由帳の一面に「も」と書く、音楽の授業で習った歌を替え歌にして「も」のテーマソングを作る、「も」のグッズを作る、 「も」のサインを作る、友達同士で描いた絵をやりとりする時の通貨として紙に書いた「も」を使う、などとにかくやりたい放題で、この流行は卒業するまでずっと続きました。 当時は「も」という文字が入っている言葉を見るだけでも大爆笑だったのですが、今となっては何故流行ったのか分からないあたりも含めて意味が分からなすぎて恐ろしいです。 もこ 一面に「も」って書かれた自由帳見たら悲鳴あげそう。 缶ジュース 缶ジュースを買ったときに必ず 「初めて見た」という体で通す。 しばらく開け方に戸惑ったあとプルタブに指をひっかけて「プシュ!」と開いた瞬間に まさかこんな音がして開くとは思わなかった、という感じで その場にいる全員が驚く。 吹っ飛んだり尻餅をついたり、オーバーなものやリアリティのあるものが特にウケた。 無記名 炭酸吹きこぼれたら気絶しそう。 お冷 2人でファミレスに行った時に2人分のお冷を取ってきて、 渡すと見せかけて両方飲んで 「自分の分取ってこないの?」と言う。 その後普通にその飲みかけのお冷をあげる。 まちゃ ただ座ってたら与えられるなんて都合のいい考えを捨てろ。 ヤミ〜ラ ピザーラのCMが最盛期の頃、友達と2人で事あるごとに「ピザーラにようこそっ!」と言いまくっていました。 そんな時、なぜかは思い出せませんが、ジャンバーなどを被って「暗い狭いところに2人になる」というシチュエーションを迎えました。 そして友達が言いました。 「ヤミ~ラへようこそ」 小学生なりに低い声で怖さを演出され、言い終わったらすぐに明るくなるというアトラクションに僕は心を奪われました。 それからというもの、 友達とは目が合うだけで「ヤミ~ラ」にいざなわれるようになり、僕も「ヤミ~ラ」をおねだりするようになってしまいました。 こんぺいと ヤミ〜ラへの入り口はあなたのすぐ近くにある。 生きてる 小学生の頃、くまのぬいぐるみ型の筆箱を使っていたのですが、仲の良かった男子とその筆箱を持って手で細かく振動させながら 「生きてる!生きてる!」と言い相手に投げ渡し、相手も 「生きてる!生きてる!」と言いながら震えさせ、それを何ターンか繰り返したあと、急に受け取った瞬間動かなくなり 「死んでる….. 」と絶望するというノリが流行りました さとぴ こうやって命を学ぶんだ。 別れ 友達との別れ際に リンボーダンスをしながら 「チムチムチェリ〜!」と叫ぶあいさつ。 上記を核として、 ガニ股でちんちんにつけた鈴を鳴らすなどのオプションをつけまくってクソ長い別れの儀式みたいになっていった。 すり足で去りながら相手が見えなくなるまで叫び続けたりしていたため、隣の家の人に 「いつも元気だね」みたいなことを言われて恥ずかしくなってやめた。 ん 一点の曇りなきパーフェクトなバカ。 まさみ 中学の下校中、誰かが 「まさみ…?」と言ったらみんなで徐々に 「まさみ…?」「まさみ??」「まさみ!??」とボルテージをあげていき最終的に 「まさみまさみまさみまさみまさみまさみまさみまさみまさみまさみ…!!!」と叫びながら100m位ダッシュする遊びがあった。 LINEグループでも流行ったため、10スクロール分くらい「まさみ」を貼ったりした。 ちなみにこの「まさみ」とは長澤まさみのことだったが、ある時、参観日にこの遊びを見た友人のお母さん 本名まさみ が「何?何!?」とめちゃくちゃ怯えていたという話がいまだに好きです。 かいせい 長澤まさみさんのことだとしても本人が見たら友人の母と全く同じリアクションをするだろうな……。 以上、三回目だった。 他人の内輪ネタを大量に読んでいると脳が麻痺してきて全然知らないはずの出来事なのに「学生の頃こいついたんじゃないか」「この時ここに俺もいたんじゃないか」というような気がしてくる。 そんなわけないのに。 皆さんもこれを読んで「そういえばうちも内輪ネタがあったばい」と何か思い出したらぜひから教えて欲しい。 記事がまたウケたらまた紹介するかもしれない。

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『King gnu』がファンにブチギレ! “内輪ノリ”非難も特大ブーメランが...(2020年2月22日)|BIGLOBEニュース

内輪 ノリ

以前、当ブログでは、巷に跋扈する、「 仲間うちだけで盛り上がるライブイベント」について、 問題提起をさせていただきました。 この手のイベントは、 SNS等の告知で知ったお客さまが、事情を知らずに来場して、孤立感と不信感だけを覚えて帰ってしまうという点において、非常に 罪深いものであると考えています。 前回の記事では、こういった「仲間うちだけのイベントが抱える問題点」について指摘をさせていただきましたが、今回、 なぜこのようなイベントが発生し、そしてなくならないかについて、整理をさせていただきます。 なぜ内輪ノリのライブイベントがなくならないのか 仲間うちだけで盛り上がっているライブイベント…要は「内輪ノリ」のライブイベント。 多くの人が、うすうす前述のブログ記事で掲げたような問題点を認識しているにもかかわらず、その課題が解決する気配は、一向にありません。 なぜ、このようなことになっているのでしょうか。 【理由1】単純に楽しい これを言ってしまうと身も蓋もないのかもしれませんが、 基本的に、「内輪」を構成する、気心知れた仲間たちと過ごしている時間は、 単純に楽しいもの。 ましてや、その仲間が、音楽という共通項でつながっているものであるとすれば、そんな仲間と一緒に開催する音楽イベントというのは、当事者にとっては、最高に楽しい時間になるのでしょう。 そんな楽しい時間を過ごしたくて、内輪ノリのライブイベントを開催する。 これは、ごく自然なことだと思います。 【理由2】既存の強固なコミュニティがベースになっている 前述の項目と若干重複するところがあるかもしれませんが、この手のイベントは、「 音楽という共通項でつながっている仲間」が集まって開催されることになるのが通常です。 その「仲間」は、単に対バンがきっかけで知り合っただけの仲間というのもあるでしょうが、それと同時に、単なる「対バン仲間」だけにはとどまらない、 既存の強固なコミュニティがベースとなって構成されている仲間であることが多いような印象があります。 具体的には、おおむね下記のようなパターンが多い印象です。 このようなコミュニティがベースになっていると、運営する側としては非常にやりやすいはず。 それは、大変よく分かる話でもあります。 ライブバー、飲食店等の経営者と常連客 ライブイベントが開催可能なスペースを抱えるような、 いわゆるライブバー。 こういったお店では、経営者顔なじみのミュージシャンがたくさんいる関係上、音楽でつながったコミュニティが形成されやすいものです。 もちろん、そうしたイベントの効用が、関係者ではない一般のお客様に及ぶ限りにおいては、何の問題もないのですが、 この手のイベントは、得てして初見のお客さんを置き去りにして、仲間うちだけで盛り上がりがち。 ていうか、初見のお客さんにとって、 「オーナーがお誕生日なんです」なんて、はっきり言ってどうでもいい話ですからね。 1年365日あれば、毎日が誰かの誕生日。 これまで、これといって接点のなかった人の誕生日を、初見でいきなり「祝え」と言われても…なかなかつらいものがあるのが、正直なところですが… こういったところに想像が及ぶかどうかが、「内輪ノリ」に課題意識を持てているか否かの差かと思います。 なお、ライブバーのほか、 バンドや音楽に精通した方が運営する一般的な飲食店が企画するイベントでも、同様の傾向が見受けられます。 大学・高校等の軽音学部やそのOB・OG 大学・高校の軽音学部は、音楽を志すもののコミュニティの第一歩として、非常に重要な役割を果たしています。 ただ、そのコミュニティは、 基本的に学校の中で閉じたものになっており、個々のバンドはともなくとして、コミュニティとしては、外部との積極的な交流がなされるようなしくみにはなっていません。 ですので、たまに見かける「一般参加OK!軽音学部OBライブ」みたいなイベントは、 「一般参加OK!」と謳われているものの、実際は軽音学部の関係者で占められており、 壮大な疎外感を味わえること間違いなしです。 自治会・商店街・飲食店街などの地域コミュニティ 音楽に精通した方が住んでいる自治会における地域活性化策や、集客のてこ入れを図りたい商店街・飲食店街の一大イベントとして、ライブが開催されるというのは、割とよくある話です。 この手のイベントは、関係者による実行委員会方式によって開催されることが多く、第1~2回くらいまでは、比較的オープンなイベントになっているのですが…この手のイベントは、 回を重ねるごとに利害関係者の輪が広がって、内輪ノリの要素が強くなりがちです。 特に…• 毎年同じような出場者メンバー• その出場者メンバーが常に同じような行動をしている• 当事者である実行委員がライブのメイン出場者として登場 これらの兆候が見られる場合は、 限りなくレッドカードに近い イエローカードが出ていると言えます。 また、これらは、内輪ノリのみならず、「 イベントの私物化」といった批判を受けることにもつながりかねません。 特に、 イベントが協賛金・広告収入・行政からの補助金を得ている場合、それらの資金が「私物化されたイベント」に使われていることについては、スポンサー等への説明責任を果たすこともできず、強く糾弾されてもやむを得ないような状況にあると言って良いでしょう。 【理由3】出場者との調整がやりやすい ライブを単なる「出場者が順番に演奏する」だけのイベントに終わらせるのではなく、ちょっとしたコーナーを設けてみたいということがあります。 たとえば、出場者同士でコラボ演奏やセッションをしてみるとか、関係者に誕生日を迎える人がいれば、サプライズのハッピーバースデー (前述のように、これこそ「内輪ノリ」の最たるものですが…)を仕掛けるとか…。 こういう 「仕掛け」を行おうとすると、当然、一見さんでは調整に手間取るでしょうから、気心知れた「仲間うち」の方が、はるかにやりやすいものです。 【理由4】来場者の見通しを持ちやすい 内輪ノリで開催しているイベントは、複数の出場者・出場バンドが相互に知り合いであるわけですが、この場合、お客さまサイドも、当日の出場者を複数把握していることが多いものです。 ですので、お客さまサイドにとっては「あのバンドと、このバンドが両方出場しているから、今回のイベントは行っておこう」というふうに、積極的にライブに参加するインセンティブが高まりやすい傾向にあります。 このため、出場者サイド…というより、企画者サイドといった方がいいかもしれませんが、そちらの目線に立つと、「 一般的なイベントより、来場者を確保しやすい」と言う点において、内輪ノリのイベントは、非常に魅力的なのです。 特に、前述の 「既存の強固なコミュニティ」がベースになっているイベントの場合、この傾向は非常に顕著に出ます。 ライブイベントというよりは「コミュニティの集会」みたいな感じで、ライブに来てくれるコミュニティ構成員の人が多数見込めるわけですからね。 運営の立場でいうと「計算が立つ」わけなのです。 もっとも、この 「実質的なコミュニティの集会に、一見さんがうっかり来てしまった」という状況が、実は来場者が一番強く疎外感・孤立感を感じてしまい、ひいてはコミュニティに敵対心を抱いてしまうことになるので、実はこいつが一番罪深いわけなのですが…。 共通するのは「企画者・出場者ファースト」の視点 このように、内輪ノリのイベントがなくならない4つの理由を整理してみましたが、これら4つの理由には、1つの共通点があります。 それは、「 企画者・出場者ファースト」であること。 企画者・出場者が楽しいこと、それらが属しているコミュニティがベースであること、企画者がイベントの企画調整をやりやすくなること、集客を見込みやすいこと…。 これらはすべて、「来場者が楽しめるか」という「来場者ファースト」の視点ではなく、あくまで「企画者・出場者ファースト」の視点でしかありません。 欠落する「お客さまファースト」の視点 しかも、これらのイベントが完全無料であればいざ知らず、多くの場合、これらのイベントは、来場者が「チケット代+ドリンク代」として、2,000円~3,000円程度のお金を支払っています。 そう、 来場者は「お客さま」なのです。 この「お客さまファースト」の視点が、内輪ノリのイベントには、致命的なまでに欠落しています。 数千円のお金があれば、映画を見ることができますし、本を数冊買うこともできます。 中古のゲームを購入することもできますし、あるいはソーシャルゲームで10連ガチャを一回回すことだってできます (これは個人的にはちょっと…と思いますが)。 そういった、 他の娯楽に充てることができるお金を、他ならぬ自分たちのライブに向けてくれているお客さまがいるにもかかわらず、主催者側がお客さまの方に視線を向けず、自分たちと、ごく近くにいる一部の人のことだけを考えている…。 こんなイベントが、果たして魅力的だと言えるのでしょうか。 少なくとも、数千円の対価を得るに値するイベントだと、胸を張って、堂々と言えるのでしょうか。 【まとめ】共通する理由は「自己都合」…身内以外のお客さまを意識して! このように、巷でよく見る、内輪ノリのライブイベントについて、「なぜこのようなイベントが横行してしまうのか」を、4つの理由に分けて整理してみました。 その結果、見えてくるのは 「自己都合」…すなわち「企画者・出場者ファーストの視点」があまりに強く出過ぎていること。 ですので、運営している側や、そこにごく近いところにいる側の立場としては、これほど楽しい時間はないでしょう。 ただ、そうではない、普通のイベントだと「誤認」して来てしまったお客さまは、このイベントに来たせいで、なんともいえない疎外感を覚えて、帰宅してしまう…。 「そんなん、そっちの勝手じゃん。 勝手に来て、勝手に寂しい思いをして帰ってるだけでしょ」 というような主催者側の主張が聞こえてきそうなものですが、そういっ た寂しい思いをして帰っているお客さまも、 きちんと主催者に対価を支払ってその場に来ているという事実を、決して忘れてはいけません。 この「4つの理由」を意識しつつ、ライブイベントの「内輪ノリ化」を未然に防ぐためには、どうすれば良いのか…。 これはまた、稿を改めて、論じてみたいと思います。 「イベントの内輪ノリ問題」は「SSWおじさん問題」に並ぶ、昨今のアマチュア~インディーズ音楽シーンにおける「 闇」です。 当ブログは、これらの問題から目をそらすことなく、真剣に向き合っていきたいと思います。 takashi-kato-guitar.

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