サリドマイド 事件。 サリドマイドの薬害事件について

未来へ伝え続ける サリドマイド薬害被害の実相 公益社団法人いしずえ理事長 佐藤嗣道さんに聞く 薬のリスク管理 医療従事者がキーパーソン

サリドマイド 事件

サリドマイド事件とは サリドマイド剤は、西ドイツの製薬会社で開発され、世界40ケ国以上で販売されました。 日本においても1958年1月から販売された鎮静、睡眠剤です。 日本では主に大日本製薬が「クセがなく、小児・妊産婦など誰にでも勧められる安全な睡眠薬」と宣伝して販売したため、多数の妊婦も服用しました。 妊娠初期に服用した母親から生まれた子に、手・足・耳・内臓などに先天性奇形などの重大な副作用を発生させました。 このサリドマイド催奇形性によって、世界で1万人、日本で1000人の胎児が被害にあったと推定され、日本でも309名の被害者が認定されています。 1961年、西ドイツのレンツ博士が副作用の危険性を警告しましたが、レンツ警告を受けた対応はヨーロッパと日本で大きく分かれました。 つまり、西ドイツでは警告からわずか12日後にサリドマイド剤の回収が開始されました。 ところが日本では、製薬会社および厚生省は、レンツ警告翌月には情報を入手したにもかかわらず、具体的な対策を取らず、半年後の1962年5月になってようやく国が出荷停止を製薬会社に勧告し、さらに、同年9月になって製薬会社が回収を開始するなど対応が遅れたため、被害を拡大させたのです。 日本におけるサリドマイド被害者数は1960年25人、1961年58人、1962年162人、1963年47人と推移しましたから、レンツ警告時に回収を徹底していれば、少なくとも1962年9月以降の被害は避けられたものだったのです。 サリドマイド訴訟の経緯 サリドマイド訴訟は、サリドマイド剤の被害者らが、1963年6月、大日本製薬を被告として、名古屋地裁に訴訟を提起してスタート。 1964年12月、大日本製薬にくわえ国も被告として京都地裁に、1965年11月、東京地裁に訴訟を提起しました。 その後も、名古屋、岐阜、大阪、岡山、広島、福岡(小倉支部)など8地裁で、大日本製薬および国を被告として、損害賠償を求めた事案です。 原告らは、サリドマイド剤発売時の安全性確認義務違反、発売後の宣伝・広告が事実の裏付けを欠く誇大なものであることを理由とする表示責任(国は、会社の宣伝・広告を放置した責任)、1961年11月のレンツ警告後の回収遅滞の責任を主張しました。 被告国と製薬企業は過失・因果関係など法的責任を強く争いました。 しかし東京地裁をモデルコートとして審理が進められた結果、全国サリドマイド訴訟統一原告団(全国8地裁62家族)は、1974年10月13日、厚生省及び大日本製薬株式会社と確認書を調印。 同月26日、東京地裁において初の和解が成立しました。 その後、残りの各地裁においても順次和解が成立しました(拙著「集団訴訟実務マニュアル」240頁)。 サリドマイド訴訟との関わり 私が弁護士になったのはサリドマイド和解成立から20年後の1995年ですから、サリドマイド訴訟自体には直接係わっていません。 サリドマイド被害はメディア等で知っていましたが、実際の被害者にお会いしたのは薬害肝炎訴訟を通じてでした。 2002年、薬害肝炎九州弁護団の事務局長に就任して訴訟の支援を求める中で、大分の徳田靖之弁護士(司法修習21期。 薬害エイズ九州弁護団代表・ハンセン病違憲国賠訴訟弁護団代表)の長年の活動で築かれたたネットワークから、多数の支援者が福岡地裁の傍聴に来てくれるようになりました。 その中にサリドマイド被害者のSさんがおられたのです。 Sさんは大分の支援者とマイクロバスで毎回傍聴に駆けつけてくれ、「古賀先生、来たよ!」といつも笑顔で声をかけて下さいました。 Sさんは支援者MLでも積極的に情報提供してくれ、薬害肝炎原告団を励ましてくれたことを思い出します。 またサリドマイド被害者は現在の薬被連の活動でも中核を担っています。 例えば増山ゆかりさんには薬害肝炎九州原告団弁護団が主催したシンポジウム「あなたは薬を信じますか」にも登壇して頂いて、貴重なコメントを頂きました。 サリドマイド訴訟の意義 それではこのようなサリドマイド訴訟の意義はどのような点にあるでしょうか。 まずサリドマイド訴訟では、和解による損害賠償の一貫として製薬企業が基金5億円を拠出して、サリドマイド被害者の福祉センター「いしずえ」が設立されたことが指摘できます。 サリドマイド被害者・家族は、日常生活はもちろん、学校教育・医療・職業・将来の生活等、長期にわたって対応が必要になりました。 裁判の賠償だけでは充たされない全人格的な被害だったからです。 そして全人格的な被害については被害者・家族だけで対応するには限界があるため、支援するための財団法人が立ち上げられることになったものであり極めて大きな意義がありました。 このような考え方はその後の集団訴訟においても参考とされ、例えば薬害エイズ訴訟や薬害ヤコブ訴訟などにおいても様々な取り組みを生み出していくことになりました。 また薬害訴訟において、国を初めて被告にした点も指摘できます。 最初に起こされた名古屋訴訟では製薬企業のみが被告でしたが、その後は、法的責任の明確化や再発防止のためには国の責任を問うことが不可避という判断から、国も被告にしていきました。 その後の薬害訴訟では当然、国も被告にしており、その後の流れを作ったといえるでしょう。 さらに、集団訴訟の弁護団的運営的な視点からすると、戦後20年弱という時期にスタートした集団訴訟であるにもかかわらず、全国サリドマイド訴訟統一原告団(全国8地裁62家族)を構成して国・製薬企業と折衝するなど、現代の集団訴訟的な取り組みも既に行われていたことには驚きを禁じ得ません。 全国に散在する被害家族がまず原告レベルで交流しあう中で緩やかな結合である「全国サリドマイド訴訟統一原告団」を結成したのでした。 それに合わせるように主力となった東京弁護団に、京都弁護団が協力しあう中で、他の地裁の弁護団とも連絡を取って「連絡会議」をもって協調体制をとっていったのでした「サリドマイド裁判(第1編総括)11頁)。 特に特徴的な審理は、東京地裁では因果関係総論と法的責任に関する立証が行われる一方、各地地裁では個別因果関係と損害論立証が行われたということです。 このように「本件では東京地裁をモデルコートとして事実上、統一的集団訴訟が行われた」(同11頁)のでした。 「裁判(官)の独立」の問題があるため、スモン訴訟等ではかえって最高裁が訴訟全体をコントロールしようとしたことに批判が出て、その後の集団訴訟では一般化しませんでした。 それでも多数の被害者(原告)が共通原因について共通被害を訴える訴訟において、効率的に審理していこうという訴訟当事者の一つの先進的な取り組みとしては意義があったと思います。 「薬事法の大改正」は薬害スモン訴訟の解決を、「年1回の大臣協議など継続的な協議」という取り組みは薬害エイズ訴訟の登場を待たなければいけませんでしたが、まさに戦後薬害集団訴訟の「萌芽」として評価されるべき弁護団活動だったといえます。 裁判史「サリドマイド訴訟」において「将来の課題」として記された下記の分析は、まさに後の薬害スモン訴訟後の薬事法大改正に結びついたといえます。 「法律家も事後的救済だけでなく将来の薬害防止に関わっていくべき」という提言からは、半世紀後の今にも通じる弁護団活動の質の高さが伺われるといえるでしょう。 福祉に関連する施策の意義と積極面が右のとおりであったにせよ、これをもって直ちに被害者の多面的要求をすべて満たしたことにはならない。 特に、薬害被害者の悲願ともいうべき「薬害の再発防止体制の確立」は、現行法制の十分なる活用と運用の改善をもってしてもいまだ十分とはいえない。 サリドマイド事件発生を契機に、諸外国、アメリカ合衆国においては(厚生教育省のケルシー女史の活躍により未然にサリドマイド禍を防止したにもかかわらず)、直ちに医薬品の製造承認手続について議会で詳細な審議を行い、薬事法改正を実現している(一九六二年キーフォーバー・ハリス法)。 医薬品の安全性と有効性の第一次的な挙証責任は製薬企業が負うべきであろうが、薬務行政を担う政府は、国民の健康保持の観点から、国独自の審査体制をとり、自らの責任において確認調査義務を負うべきである。 また承認後、国独自の追試をおこない、疑わしい場合は、直ちに販売を中止し、市場からの回収をはかった上、再審査をおこなうよう法制上改善すべきである。 これらの諸点は、単に薬事法の抜本的改正にとどまらず、営利中心主義と外国の模倣に終始しているわが国の製薬産業の根本的な体質改善を伴なわなければならないであろう。 福岡県弁護士会副会長(2013年度)• 薬害肝炎九州弁護団事務局長• 九州山口医療問題研究会幹事• 医療事故情報センター正会員• 子宮頸がんワクチン訴訟九州弁護団副代表• カテゴリー• 144• 128• 122• 2 最近の投稿• アーカイブ アーカイブ.

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サリドマイド事件の概要|日本とドイツの和解/原因/被害者

サリドマイド 事件

このページの目次です• はじめに 今まさに、新型コロナウイルス感染症の治療薬として、催奇形性を有するアビガン錠(抗インフルエンザウイルス薬)が今月(2020年5月)中にも追加承認されようとしています。 しかしながら、科学的な根拠に基づいた手続きがなされているのかどうか不透明です。 ワイドショーでは、アビガン錠投与を受けた著名人による「使った、治った、助かった」という感想が流されました。 ただし今現在、「アビガン「有効性判断には時期尚早 臨床研究継続」新型コロナ」(NHK NEWS Web 2020年5月20日 14時37分)というのが現状のようです。 そうした状況の中で、サリドマイド被害者ご本人からメールを頂きました。 初めての経験です。 この方は、「サリドマイド訴訟に加わることも和解後の認定を受けることもしなかった」、つまり未認定の方です。 このページの各項のリンク先が電子書籍の原稿素案となっています。 ご参考にしてください。 当Webでは、保険薬局のパート薬剤師として手の届く限りではありますが、とことん事実関係を追及しています。 そして、それをできる限り正しい用字用語で表現するように試みています。 サリドマイド事件とは(世界最大の薬害) サリドマイド事件とは、睡眠・鎮静剤サリドマイド(化合物名:N-フタリル・グルタミン酸イミド)を妊婦が服用することによって、胎児(正確には胎芽)に四肢短縮などの障害(奇形)を生じた世界的な薬害事件(1950年代後半から1960年代初頭にかけて)のことを言います。 サリドマイド(thalidomide、化学式:alpha-ph[thal]-im[ido]-glutari[mide])を開発したのは、グリュネンタール社(西ドイツ、当時)です。 サリドマイド製剤は、西ドイツで商品名「コンテルガン」として発売(1957年10月1日)以来、提携会社を通じて世界46か国で販売されていました。 ところが、販売開始から丸4年後(1961年11月15日)、サリドマイドの催奇性を疑うレンツ警告(西ドイツ)が出され、同剤は直ちに先進国の市場から姿を消しました。 サリドマイド製剤は、日本国内でも販売されました。 しかしそれは、西ドイツから導入されたものではありません。 日本国内のサリドマイドは、大日本製薬(株)が独自の製法を用いて合成を行い、1958年1月20日(昭和33)、睡眠・鎮静剤「イソミン」(単剤)として販売を開始しました。 大日本製薬(株)は、1960年8月22日(昭和35)、胃腸薬「プロバンM」(合剤)を追加発売しました。 その内容は、抗コリン薬の臭化プロパンテリンに少量のサリドマイドを配合したものでした。 なお、サリドマイド製剤はそのほかのメーカーからも発売されました。 もちろん自分で利用することもあれば、書き込みをすることもあります。 あるまとまったページを立ち上げて公開もしています。 日頃の感謝を込めて、時々インターネット上で寄付をしたりもします。 そんな私でも、以下のような文章をみると、怒りがこみ上げてきます。 「西ドイツでは、幼児用の睡眠薬として市販されていたため、約3000人という特に被害が大きかったとされる」。 意味不明、支離滅裂な文章です。 以下、蛇足ながら書いておきます。 サリドマイド被害児は、自分の母親の胎内にいる時に、母親がサリドマイド製剤を服用したことによって被害を受けました(奇形を生じました)。 このことを、サリドマイドには催奇形性があると言います。 つまり、幼児用の睡眠薬を飲まされた幼児が奇形になることは決してありません。 幼児用の睡眠薬が市販されていたことと、サリドマイド児の被害が大きくなった(人数が多くなった)こととの間には何の因果関係もありません。 妊婦にも安全だと称して、妊婦にサリドマイド製剤を飲ませたことが間違いだったのです。 レンツ警告(サリドマイドの催奇形性を疑う) レンツ警告は、1961年11月15日(昭和36)、レンツ博士(西ドイツ、ハンブルグ大学小児科講師)によって発せられました。 その内容は以下のとおりです。 レンツ警告(グリュネンタール社への電話): サリドマイド(商品名:コンテルガン)が、1960年代初頭に西ドイツで多発していた新たな奇形の原因である可能性が極めて高く、したがって、直ちに全製品を回収すべきである。 これに対して、レンツ警告=11月18日(地方学会での発言)とする資料が数多くあります。 例えば、日本のサリドマイド裁判で弁護団に加わった更田義彦(弁護士)は、次のように述べています。 明らかに、レンツ警告=11月18日説です。 1961年11月、ドイツのW. レンツが、地方小児科学会で、最近の新生児に見られる四肢の欠陥について「ある特別の薬(サリドマイド)がこの原因になっているのではないか」と発言して、警告を発した。 この警告は、海外では大きな反響を呼び起こし、速やかに販売の停止、回収等の措置が講じられた。 hab. その理由について、レンツは日本のサリドマイド裁判で次のように証言しています。 以前に会社に対して警告をいたしましたので、彼らが市場からその薬品を回収できる時間を与えるべきではないかといった気持でこのことを公開しなかったのだと思います 上記証言の中の「以前に会社に対して警告をいたしました」とは、1961年11月15日、レンツ博士がグリュネンタール社に電話したことを指しています。 つまり、レンツ博士が、グリュネンタール社に直接電話(11月15日)して詳細を伝えたのは、レンツ博士が地方学会で簡単な発言(11月18日)をする前のことです。 グリュネンタール社は、11月15日の電話を受けた時点で、後日レンツ博士を訪問することを約束してそれを実行しました。 さらにその後、何はともあれ速やかにサリドマイド製剤の回収を決定しました。 レンツ警告とは、11月15日の電話を指すと考えるのが妥当です。 なお、「レンツ博士・コンテルガンについて学会発表(11月18日)」などとする資料もありますが、この学会上では、コンテルガンの名前は出されていません。 再度確認しておきます。 疫学とは、広辞苑2008(第六版)によれば、「疾病・事故・健康状態について、地域・職域などの多数集団を対象とし、その原因や発生条件を統計的に明らかにする学問」としています。 サリドマイド事件の場合には、症例対照研究(後向き研究)として行うことになります。 つまり、「ある疾病にかかった群(症例群)とかかっていない群(対照群)を設定し、両群における過去の生活習慣の状況を比較する方法」です。 そしてその上で、必要に応じた素早い対応を取ることが求められます。 レンツの偉大さは、サリドマイド児を自ら一例ずつ調査して回り、「奇形の原因としてコンテルガンが極めて疑わしい」ということを、短期間のうちに探り当てたことにあります。 そしてそれに基づき、「コンテルガンを直ちに回収すべきである」という見解を示した点にあります。 レンツは、専門知識・臨床経験をフルに発揮して、疫学調査を忠実に実行したのです。 レンツ警告の意義は、「疫学調査とその統計学的な処理及び具体的な対策」を示したことにあります。 この時点で、母親がコンテルガンを服用したことが確実な症例は、ごくわずかしか集まってはいませんでした。 もちろん、サリドマイド胎芽病そのものについては、まだよく分かっていませんでした。 ただしこの段階で、「メカニズムは未解明」であることには何の問題もありません。 なぜならば、疫学とは、メカニズムの解明よりも何よりも先に、「目の前にある問題を解決するために、今すぐやるべきことは何か」を解明する学問だからです。 これに対して、Wikipedia「サリドマイド」の「薬害サリドマイド禍」の項では、次のように述べています。 ただしこの報告は疫学的因果関係のみでメカニズムは未解明)から先天異常「サリドマイド胎芽症」や胎児死亡といった催奇性と因果関係があるとされ、日本では1962年9月に販売停止と回収が行われた。 レンツ警告(疫学調査に基づく警告)に対して、「ただしこの報告は疫学的因果関係のみでメカニズムは未解明」と評価するのは意味の無いことです。 疫学調査には、メカニズムの解明までは求められていないからです。 コレラの流行に学ぶ ロンドン(英国)のソーホー地区で、1854年8月末にコレラが発生し、約半月後には同地区の死亡率は12. 8%に達しました。 この大疫病をわずか1か月あまりで終息させたのが、医師のジョン・スノーです。 スノーは、地区の事情に詳しい副牧師ヘンリー・ホワイトヘッドの協力を得て、1軒1軒個別訪問を重ねて原因を追究しました。 そして、ブロード・ストリートにあるポンプ井戸の水が怪しいと見当を付けました。 スノーは、直ちに行政当局にポンプの柄を撤去させました。 そしてその結果、9月末までには流行は終息しました。 この時問題となったのは、「ポンプ井戸の水」です。 しかしながら、コレラの真の原因である病原体としてのコレラ菌は、事件の30年後の1884年になって、ロベルト・コッホによって発見されました。 コレラの大流行という目の前の問題を解決するために必要だったのは、「汚染された水」が原因であることを速やかに探り当てることでした。 そして、その汚染水を供給できなくすることでした。 その時に、メカニズム(コレラの真の原因はコレラ菌という病原体である)の解明までできていたわけではありません。 既に西ドイツでは販売中止(及び回収決定)になったことも同時に伝えられました。 大日本製薬(株)は、1961年12月6日(昭和36)、厚生省と協議したものの「有用な薬品を回収すれば社会不安を起こす」として、販売を続行しました。 そしてこれが、わが国でのサリドマイド事件の第一報とされています。 つまり、レンツ警告から約半年間、日本国内での報道は一切ありませんでした。 ところで、この時の朝日新聞記事(翌日朝刊)では、日本にはまだサリドマイド児は存在しないことにされてしまいました。 レンツ警告から半年もの間、大日本製薬(株)、国(厚生省)そして新聞をはじめとするマスコミは、本当に何のデータも得ることはなかったのでしょうか。 いずれにしても、出荷停止の措置は取られたものの、既に出荷された商品は回収されることなく、そのまま薬局で売られ続けました。 当然被害は拡大し続けました。 なお、木田盈四郎著『先天異常の医学~遺伝病・胎児異常の理解のために』(中公新書1982年刊)p. 142では、大日本製薬(株)は「イソミンとプロバンMを一時的に出荷停止(5月12日)」したが、「日本の新聞は記事にしなかった」と断言しています。 木田盈四郎(帝京大学医学部教授)は、日本のサリドマイド裁判では原告側証人として出廷した経験を持ち、後にサリドマイド福祉センター「いしずえ」の顧問まで務めました。 日付の間違いはともかくとして、見過ごすことのできない事実誤認です。 梶井博士は、自験例7例をいきなり英国の医学雑誌「The Lancet(ランセット)」(1962年7月21日発行)に投稿しました。 そしてその後、北海道の小児科学会地方会で発表(8月26日)しました。 その内容をスクープしたのが、読売新聞記事「日本にも睡眠薬の脅威」(1962年8月28日付け)です。 読売新聞スクープによって、日本国内のサリドマイド問題は一気にクローズアップされることになりました。 そしてその2週間後(9月13日)、大日本製薬(株)はイソミンとプロバンMの販売中止(及び回収)に踏み切りました。 レンツ警告(1961年11月)から遅れること約10か月後のことです。 注)梶井博士のランセット掲載(1962年7月)に続く地方会での発表(8月26日)、そして読売新聞スクープ(8月28日)あるいは販売中止(9月13日)の日付を時系列で正確に伝えている資料は極めて少ない。 レンツ警告後、日本国内での販売中止とそれに続く回収作業が大幅に遅れた間にも、多くの患者が発生しました。 レンツ警告後のサリドマイド児数は、日本が世界で一番多くなっています。 国・製薬企業共に、レンツ警告の意義「疫学調査とその統計学的な処理及び具体的な対策」を理解していなかったと言えるでしょう。 東京都立築地産院において、サリドマイド児3例を経験していたのです。 その事実はメーカーにも報告されたということですが、その情報が生かされた形跡はありません。 厚生省が初めて被害調査を開始したのは、イソミン/プロバンMの販売中止(そして回収)が決定した翌日(1962年9月14日)のことです。 そして、その2年後の1964年7月、森山豊東大教授による「日本先天異常学会のアンケート調査(936症例)」が新聞紙上で発表されました。 このアンケート調査では、耳や指の奇形、そしてプロバンMは調査対象外でした。 また、アンケート調査(全国の産婦人科医と助産婦が対象)の精度について懸念の声が挙がったものの、個別の患者ごとの詳しい聞き取り調査は結局行われませんでした。 ただし、プロバンMの販売量推移及びプロバンMによる被害児数の推移データは公表されていません。 とは言え、レンツ警告(1961年11月)後もイソミンの販売量は減ることなく、翌年1962年1月から出荷中止となる5月まで、イソミン・プロバンM共に販売量がピーク状態にあったことは間違いありません。 その結果、その8か月後(1962年9~12月/1年を4か月単位で区切っている)で最も多くの被害児が生まれています。 胎児(胎芽)がサリドマイドの影響を受けてから生まれるまで、最大で約8か月と考えることができます。 そこでもし仮に、サリドマイドの全面回収が、レンツ警告(1961年11月)が出された年の間に完了したとするならば、1962年9月以降サリドマイド胎芽症が発症することはなかったと考えられます。 日本では、先進諸国と比べて販売中止(及び回収)の決定が遅れたため、被害が拡大しました。 日本のサリドマイド事件のもう一つの特徴として、死亡率が高い(生存率が低い)ことや重症度が低い(下肢の障害が少ない)ことが挙げられます。 その理由として、無事に生まれたサリドマイド児を死産扱いとしたケースのあることが示唆されています。 FDA(米国食品医薬品局)のフランシス・ケルシー博士が、米国メレル社の発売申請(1960年9月8日付け)に待ったを掛け続けたためです。 その間当然ながら、発売を急ぐメレル社とケルシーとの間で激しいやり取りが交わされました。 (米国での販売予定名:ケバドン) その内幕は、レンツ警告の翌年に「ワシントン・ポスト」紙(1962年7月15日付)の記事で初めて明らかにされました。 そして、時の米国大統領ジョン・F・ケネディは、ケルシー博士を米国の救世主としてたたえ、大統領勲章を贈りました(同年8月4日)。 ケルシーは薬理学者でした。 そうした彼女の目には、ケバドンの申請資料は「安全性を示す動物実験が不十分に見えた」。 そこで「追加データを求め、承認を保留にした」のです。 (「」内引用、朝日新聞記事:1994年11月1日付け) つまり、最初にケルシーが指摘したのは、安全性を示す動物実験が不十分だったことにあります。 そしてその後、多発神経炎の記事を読んで、催奇形性に注目したというのが真相のようです。 つまり、サリドマイドには催奇形性があります。 ただし、場合によっては、四肢よりも耳の障害が強く出ることもあります。 また、障害は内臓まで及ぶことも見逃せません。 なお世界的に見ても、その当時、新薬の催奇形性試験が〈義務〉付けられていなかったことは確かです。 しかしながら、ある種の薬物などに催奇形性があることは当時から既に世界的な常識でした。 したがって、サリドマイドを妊婦にも安全だとして宣伝していた以上は、当時の世界的な学問水準に基づいて、サリドマイド発売前の催奇形性試験は必須だったと言えるでしょう。 そして、それらを裏付ける数多くの資料によって、サリドマイド仮説は証明されたと言えます。 1)「奇形児と非奇形児の間で統計的にもっとも差のある因子は、妊娠初期におけるサリドマイドの服用である。 すなわち、前者の母親には、妊娠初期にサリドマイドをのんだ確証のあるものが多いのに対して、後者の母親にはそれが少ない(レンツ博士)」。 (増山編1971,吉村pp. そして逆に、売り上げ低下とともに減少した。 全てのサリドマイドが回収されて以降、再び同様の奇形を見ることはなかった。 なお、サリドマイド未発売国における同様の奇形は、治験薬によるものなどが少数例あるのみである。 なお、日本での認定患者(生存者)は309名です。 つまり、例えば四肢に育つ組織に血管が作られず、手足の正常な形成が阻害されてしまうことになります。 日本のサリドマイド裁判、そして「いしずえ」 日本のサリドマイド裁判(民事訴訟)は、1963年6月28日(昭和38)、被害者家族が大日本製薬(株)を相手に、損害賠償請求訴訟を名古屋地裁に提訴したことに始まります。 そしてその後、京都(1964年12月)、東京(1965年11月)などが続き全国で8地裁となりました。 当初は、各地域ごとの訴訟団の連絡はなかったものの、間もなく各弁護団、原告団の連絡組織が作られ、東京が中心となってリーディングケースとして訴訟を進めることになりました。 そしてそれを受けて、証人尋問(原告側・被告側)が、1971年2月から1973年12月まで約3年にわたって行われました。 そして被告側は、1973年12月14日(昭和48)、因果関係と責任を全面的に認め、正式に和解申入れを行いました。 それは間もなく、財団法人「いしずえ」として設立が許可されることになります。 「いしずえ」の取り組みとして、「サリドマイド被害者の健康管理と福祉の増進、被害者の交流、薬害防止等に関する事業」(いしずえWebホームページ)が挙げられています。 その中で、薬害防止などに関する事業については、サリドマイド復活問題、学校教育への協力、他団体との交流・連携が挙げられています。 その後の研究によって、サリドマイドはステロイドを上回る効能・効果(免疫抑制作用、抗炎症作用)を有する薬剤として臨床応用が進んでいます。 そしてついに日本でも、2009年2月(平成21)、サリドマイド製剤の販売が再開されました(効能・効果は再発又は難治性の多発性骨髄腫)。 さらにその後、らい性結節性紅斑に対する「効能・効果」及び「用法・用量」が追加承認されました。 これによって、催奇性を軽減させたより優れた新薬開発への道が開かれたことになります。 さらに大阪大学は、2016年9月8日(平成28)、「レナリドミド(サリドマイド誘導体)による抗炎症作用のメカニズムを解明することに成功」したと発表しました。 今後、炎症性自己免疫疾患(関節リウマチなど)にいかに応用していくか注目されます。 いずれにしても、今後研究を進める上で、徹底した副作用対策(多発神経炎や胎芽病)が欠かせないのは言うまでもありません。 サリドマイド事件(半世紀後の今) サリドマイド事件から半世紀以上が経過しました。 その間、2005年(平成17)までに、日本での認定患者309名のうち12名の方が既に亡くなっているそうです。 その原因は、交通事故や肝障害、心不全、突然死、心の病など多岐にわたっています。 また、患者が年齢を重ねるごとに、四肢・耳などの障害による日常生活動作の不自由さや、内臓まで障害が及んでいることによる健康不安が高まっています。 サリドマイド事件は決してまだ終わってはいません。 当Webは頻回にブラッシュアップしており、それらを反映したマイナーチェンジ版を随時出版しています(日付もそれに合わせて表示しています)。 なお、今まで大きな改訂(版の改訂)を行った場合でも、アマゾンの書籍コード(10桁のASIN)は一度も変更していません。 したがって、既にご購入済みの方でも、必要に応じてすぐに入れ替えてお読みいただけるはずです。 関連URL及び電子書籍(アマゾンKindle版) 1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。 (現在の詳細ページ数、20数ページ) 2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。 (アマゾンKindle版) 『サリドマイド事件(第4版)』 世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか www. amazon. Web管理人 山本明正(やまもと・あきまさ) 1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師) 1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社 2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職 2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム) 2020年4月(令和2)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム).

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白井のり子

サリドマイド 事件

サリドマイドをめぐる諸問題 『看護』2003年8月号 p. 80-85 著者:福田一典 看護に役立つ諸分野のトピックスをお伝えしています。 今回は「 サリドマイド」。 鎮静・睡眠薬として出回ったサリドマイドが、重篤な胎児奇形をもたらすとして発売禁止になって約40年。 未認可医薬品の使用に対する医療従事者の態度が問われるトピックス。 まずは、その利点・欠点を正しく理解することが求められています。 はじめに: 鎮静・催眠薬として1958年から1962年頃にかけて世界数十カ国で販売されたサリドマイドは、胎児奇形という重大な薬害事件を引き起こし、一度は医療現場から姿を消した。 事件から40年が過ぎ、人々からその記憶が風化しようとしたころに、サリドマイドの新たな薬効が注目され、医療現場に再び登場してきた。 その忌わしい薬害の過去と、癌や自己免疫疾患など多くの難病に対する治療効果への期待、そして日本では未認可であるため外国からの個人輸入による使用が増加している現状が明らかになり、その使用の是非や規制を巡って様々な問題を提起している。 サリドマイドをめぐる最近の動向と問題点を整理しておきたい。 サリドマイド薬害事件とは: サリドマイドは1957年にドイツ(当時の西独)のグリュネンタール社が鎮静・催眠薬として開発し世界数十カ国で販売された。 深い自然な眠りを誘導する効果を持ち、極めて安全性が高いと宣伝され、つわりの治療薬として妊婦にも処方された。 動物実験では致死量が決定できないくらい毒性が極めて低かったため、胎児に対する安全性試験を行っていなかったにもかかわらず、グリュネンタール社は妊娠女性にも積極的に服用を勧めた。 しかし、妊娠初期にサリドマイドを服用した母親から、手や足の発育不全や聴覚障害を持つ子供が多く生まれ、サリドマイドの強力な催奇性が明らかとなった。 受精後20〜36日(最後の月経開始日から34〜50日)にサリドマイドを1錠でも服用した場合には、胎児に先天異常が生じる可能性があると言われている。 サリドマイドによる奇形は、四肢が短くなりアザラシの手足のようになるアザラシ肢症が特徴的であり、その他、耳や目、性器の奇形や欠如、内臓の配置異常など広範囲の奇形を引き起こす。 サリドマイド被害児の数は世界中で数千人といわれ、さらに、重篤な奇形や内臓の発達障害により、生後1年以内に亡くなったり、死産や流産となった胎児も多くいたと推測されている。 つまり、サリドマイドは世界中で1万例以上の胎児に被害をもたらしたと考えられている。 1961年11月、ドイツ・ハンブルク大学のレンツ博士の警告により、欧州各国ではサリドマイドの使用が中止されたが、日本では販売した製薬会社や厚生省がその警告や情報を無視し、さらに9ヶ月間以上も販売が続けられたため、その間に被害児の数は2倍になったといわれている。 サリドマイド薬害事件は、薬物に対する科学的知識が不十分で企業倫理の欠如した製薬会社が引き起こした事件であり、医薬品の安全性に対する、製薬企業や行政や医療現場の姿勢を変えるきっかけとなった。 サリドマイドの復活: 一度は医療現場から姿を消したサリドマイドであるが、様々な疾患の治療に効果があることが次第に明らかになってきた。 そのため、重度のハンセン病患者が存在する国のほとんどでは、1965年以降サリドマイドが何らかの形で入手できるようになっている。 1997年に米国のFDA(食品医薬品局)はハンセン病患者の結節性紅斑の治療薬としてサリドマイドを承認している。 この血管新生阻害作用は、胎児の奇形を引き起こす機序とも関連しているが、癌や炎症性疾患に対してサリドマイドが有効性を示す根拠ともなっている。 人体において血管が新生されるのは、胎児(発生過程)、炎症部位、創傷治癒過程と癌組織が上げられる。 したがって、血管新生阻害作用を持つサリドマイドは、胎児の発育や創傷治癒を障害するという副作用を有する一方、炎症や腫瘍に対しては抑制するという薬効を持っていることになる。 この血管新生阻害作用は癌治療のみならず糖尿病性網膜症や黄斑変性症などにも治療効果が期待されている。 サリドマイドの抗腫瘍作用: 腫瘍が成長するには新しい血管の形成(血管新生)が必要である。 癌細胞は新生血管を作り出す増殖因子を自ら分泌して、血管の新生を促進し、血管が新しく作られることによって必要な栄養や酸素が運ばれ、増殖することができる。 したがって、腫瘍血管の新生を阻害する薬は、癌を兵糧攻めにして増殖を抑制することが期待できる。 また、癌の転移も新生血管を介して起こるので、血管新生を阻害すれば転移を防ぐことにもなる。 以上のような理由で、血管新生阻害剤は、抗癌剤開発の分子標的として重要視されており、新しい血管新生阻害剤の開発も進行している。 しかし、現時点では、サリドマイド以上に確実な血管新生阻害作用をもった薬品はまだ市販されていない。 これが、癌患者の間でサリドマイドの使用が増加している主な理由といえる。 実際、進行癌患者に使用して、食欲増進や倦怠感の改善が見られることが多い。 癌の種類としては、多発性骨髄腫に対する効果は臨床試験で証明されており、欧米ではサリドマイドは多発性骨髄腫に対する標準的治療になっている。 カポジ肉腫や腎臓癌や悪性神経膠腫などでも有効性を示す結果が報告されている。 サリドマイド単独では抗腫瘍効果が認められない腫瘍でも、サリドマイドの血管新生阻害作用は、抗癌剤治療や種々の代替医療の効果を高める可能性が指摘され、様々な臨床応用が試みられている。 現在、多くの基礎研究や臨床治験が行われており、抗腫瘍効果や悪液質改善効果など癌治療において有用な薬であることが次第に明らかになってきている。 サリドマイドの使用法と副作用・禁忌: サリドマイドは内服薬であり、カプセルあるいは錠剤で投与される。 催眠作用があるため通常1日1回就寝前に服用し、1日の服用量は50〜200mgが標準である。 米国などでは、300mg以上の使用も行われているが、量が多くなると以下のような副作用が出現して継続が困難になることが多い。 サリドマイドの最も一般的な副作用は、眠気、めまい、末梢神経障害、便秘、発疹、白血球減少症などである。 (1) 眠気・めまい:催眠作用の程度は個人差があり、少量でも眠気が残ったり起床時にめまいを感じる場合もあれば、通常量では眠くならない人もいる。 サリドマイド服用中は、眠気を引き起こす他の薬剤(睡眠薬など)との併用やアルコールの摂取は避けることが望ましく、眠気が問題となるような状況(車の運転など)では注意が必要である。 (2) 末梢神経障害:長期服用で多発性神経炎様症状が出現することがある。 始めは手や足がチクチクとかピリピリするような軽い痛みや異常感覚を感じる程度であるが、症状が進むと強いうずきや痛みを感じるようになる。 神経障害は不可逆的になるため、症状が現れた場合には減量ないし中止が必要である。 (3) 便秘:腸の運動を抑制するため、便秘や腹部膨満感が現れることが多い。 下剤の併用により多くは対処できるが、症状が強い場合には、サリドマイドの服用量を減らす必要がある。 (4) 発疹:薬剤アレルギーによる薬疹であり、発疹は胴体部分から出始めて手足に広がる。 服用後10〜14日後に自然に消失する場合もあるが、抗ヒスタミン剤や副腎皮質ホルモン剤が必要な場合もある。 症状が強い場合には中止する。 (5) 白血球減少症:サリドマイドの大量あるいは中長期にわたる服用により白血球数の減少を引き起こすことがあるので、定期的な血液検査が必要である。 (6)その他:以上の他にも、静脈血栓症、頭痛、吐き気、顔や手足のむくみ、筋肉痛など様々な副作用が出現する可能性がある。 静脈血栓症(静脈炎)は、化学療法、特にアドリアマイシンと併行してサリドマイドを服用する患者に発症する傾向が高いと報告されている。 最も重要なことは、妊娠中の女性や妊娠する可能性がある女性は絶対にサリドマイドを服用してはいけないことである。 サリドマイドの催奇形性は妊娠初期であり、サリドマイド服用中は厳密な避妊法の実施が不可欠である。 また、サリドマイドは男性の精子にも含まれる可能性が指摘されており、男性もサリドマイド服用中は、避妊を厳重に心掛けなければならない。 傷が治る過程でも血管の新生が必要なので、外科手術を受ける予定のある場合や受けた後は服用を中止する必要がある。 傷の治りは年令や栄養状態などによる個人差があり、手術の程度により異なるので医師に相談すべきである。 サリドマイド薬害と副作用のメカニズム: サリドマイドの薬理作用は多様であり、サリドマイドの催奇形性とその他の副作用のメカニズムについても不明な点も多い。 サリドマイドの催奇形性は、四肢形成の初期段階で必要な血管新生が阻害されるためと考えられているが、その他の説もある。 サリドマイドが神経障害を起こすメカニズム、鎮静作用の機序、自己免疫疾患における効果、多発性骨髄腫に対する効果など、一連のサリドマイドの作用メカニズムは異なる可能性がある。 つまり、サリドマイドの薬効と副作用のメカニズムは多様であるが、それがサリドマイドが様々な疾患に臨床応用されている理由ともなっている。 未認可医薬品の輸入使用に関する法的規制と医師の責任: 日本では、サリドマイドはまだ未承認薬なため健康保険を使っての使用はできず、また発売もされていない。 しかし、医師がサリドマイドを認可している国から輸入して患者の治療に使用することは可能である。 その際、以下の要件を理解しておく必要がある。 1)医師による未認可医薬品使用に関する条件: 日本国内における承認の有無を問わず、医師自らの責任においてどのような薬剤でも使用することは可能である。 しかし投薬も一つの生体的侵襲として違法性を具備するものであるから、一定の法的要件(目的、方法、同意)を充たす必要がある。 つまり、1) 目的において治療とか治験という正当性がある、2) 正しい適応のもとに使用方法が適切である、3) インファオームド・コンセント(十分な説明と同意)により患者の同意がある、の3点が満たされなければならない。 医師の裁量でどのような薬も使用可能であるが、この3つの要件が充たされない未認可医薬品の使用は違法と考えられる。 治療あるいは治験目的でない、効果の期待の予測が困難、患者の納得と理解が不十分な場合は、外国で認可されていても使用は違法となる。 2)患者の要望があっても処方できるわけではない: 最近のインファオームド・コンセントへの関心の高まりとともに、医師が患者の意思や権利を尊重する(あるいは尊重すべきであるとする)風潮が強まっているのは確かである。 しかし、患者の希望があれば安易にその意向に沿って処方するという態度は許されない。 あくまで医師が適切と診断した上で治療方針を立て、正しい薬剤を選択し、それについてインファオームド・コンセントにより患者の同意を取るというプロセスが本来の治療の在り方である。 患者の懇願があったからといって、それが医学的あるいは医師の使命に誤っていたために万一事故でも発生すれば、それは処方した医師の責任になる。 3)未認可医薬品は保険医療機関及び保険医は使用できない: 医師が患者使用の目的で厚生労働省から薬監証明を取って個人輸入すれば、どこでも患者に投薬できるように考えられる。 しかし、「 保険医療機関及び保険医療養担当規則」の第19条に、「 保険医は、厚生労働大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し、叉は処方してはいけない」という規則が定められている。 治験用に用いる場合に限って例外は認められているが、基本的に、保険医療機関や保険医が未認可医薬品を患者に使用することは禁じられている。 したがって保険医療機関でサリドマイドを使用する場合は、病院内の倫理委員会の認可のもとに治験目的で使用するか、患者が自分の意思で薬を入手して自己責任のもとで服用する(主治医は黙認)というのが合法的な使用となる。 自由診療であれば、未認可医薬品を処方する上での制限は無いので、癌の標準的治療を保険医療機関で受けながら、サリドマイドのような未認可医薬品は自由診療の医療機関から入手している場合も多いようである。 日本におけるサリドマイド使用の実態: 1。 米国では厳格な教育管理システムの本での認可: 米国では、サリドマイドの安全な使用を確立するため「 System for Thalidomide Education and Prescribing Safety(略してSTEPS)」という極めて厳格な教育管理システムが運用されている。 このシステムでは、サリドマイドを処方する医師は登録し、患者が胎児奇形の危険性を完全に理解していることを保証しなければならない。 サリドマイドを服用する患者は避妊法を学び、服用中および服用前後の1ヶ月にそれを実行する。 全ての情報を理解したこと、薬を他の人に分け与えないこと、治療後、薬が余った場合は返却することを表明する同意書に署名し医師に提出しなければ処方を受けることはできず、処方箋とともにこの同意書を登録薬剤師に提出して初めてサリドマイドが処方される。 さらに、患者は毎月1回、妊娠の可能性がある性交渉をすべて報告し、妊娠可能年令の女性は定期的に妊娠検査を受けなければならない、という厳しい薬害防止プログラムである。 米国ではこのような処方管理のもと、サリドマイドがFDAの認可薬となっているため、医師の裁量権で適応外使用の道が広げられ、多くの疾患に対して臨床応用されるようになっている。 日本では個人輸入による試験的使用 - 使用をめぐるさまざまな議論のゆくえ 一方、日本においては、厚生労働省から認可されていないため、個人輸入という形態をとることによって国内の医療現場で試験的に使用されており、現行制度での規制はない。 個人輸入による未承認薬の使用は医師の裁量に任されており、サリドマイドの管理や取り扱いは医師と患者の認識に委ねられているのが現状である。 サリドマイドの取り扱いについては、厚生労働省を含めて薬害被害者の立場や癌患者の立場から様々な意見が述べられているが、今後どのような方向に進むか流動的である。 薬害を防ぐために、サリドマイドの輸入を全面的に禁止すべきという意見もある。 しかし、決定的な治療法の無い癌患者にとっては希望の持てる治療手段を患者から奪うことは、憲法で保証されている生存権を侵すものであるという主張もある。 流通経路の不透明なサリドマイドが規制を逃れて患者への警告もなく出回れば、より多くの障害児が生まれる可能性がある。 サリドマイドを薬事法の規制下に置くため、日本での製造・販売も検討されている。 日本でもサリドマイドを認可して製薬企業や医療機関で十分な管理下で使用できるように規制すれば薬害の危険は防げるという意見は最も妥当なものであるが、認可するためには日本での臨床試験で有効性を示すデータが必要であり、すぐに認可できる状況にあるわけではない。 当分の間は、日本では外国のサリドマイドを患者の自己責任のもとで使用する条件で、個人輸入にて入手される状況が続くものと思われる。 外国で認可されている医薬品を医師が合理的目的で患者の治療に用いるものであれば、日本に輸入して使用することを規制できず、サリドマイドの個人輸入の量は増加している。 平成13年度には1年間に15万錠以上のサリドマイドが個人輸入されているという調査結果が出ている。 現在その数は増え続けており、多発性骨髄腫患者を中心に年間数千人規模の癌患者に対して使用されていると予想されているが、行政や製薬企業による管理の対象外にあるため、正確な使用実態の把握が困難な状況にある。 サリドマイドが引き起こす薬害の危険性(デメリット)と、難病患者がサリドマイド治療によって受ける恩恵(メリット)の可能性の双方を鑑み、様々な立場(行政、製薬企業、医療関係者、患者、薬害被害者など)から現実的で具体的な検討が必要な時期に来ている。 しかし、サリドマイドが日本で認可されるか、サリドマイド以上に有効で副作用の少ない薬が開発されるまでは、患者が自己責任のもとでサリドマイドを使用する現在の状況が続くと考えられる。 サリドマイドに対する医療現場での対応 - 未承認薬の使用で問われる医療者の姿勢: 前述のように、保険医療機関や保険医は厚生労働大臣の認めていない医薬品を使用できないという規制がある。 しかし、日本で未認可の医薬品でも、治験目的であれば保険医療機関でも使用可能であるし、患者の自己責任のもとで使用することを条件に、医師が個人輸入の手続きでの必要な部分を患者のために協力することは可能である。 未認可医薬品の輸入を代行する業者に依頼すれば、比較的容易に輸入手続きができる状況にある。 自由診療で行っているような医療機関であれば、患者を診察して適応があると判断された場合にはサリドマイドを輸入して処方することに法的な規制はない。 このようにして、何らかの手段で患者の手に移ったサリドマイドは、患者が主治医に無断で使用している場合と、主治医の許可と管理下で使用される場合がある。 前者に関しては、患者がサリドマイド使用を強く希望しているにもかかわらず、未認可であることを理由に主治医が拒否している場合が多い。 サリドマイドの抗腫瘍効果は単独では限界があり、臨床試験で効果が認められない場合も多いが、癌の悪液質を改善してQOL(生活の質)を高める効果も考慮すると、臨床側から一方的に否定することは、患者の自己決定権や生存権を尊重する立場からは問題があるようにも思われる。 癌治療の選択権は患者の側にあるということを医療サイドでもっと認識され、サリドマイドを含めて未認可医薬品の使用に関して、患者やその家族が医師や看護職と自由に話し合える状況を作る必要がある。 そのためには、サリドマイドの利点と欠点を医療従事者が正しく理解しておくことが必要である。 入院中は主治医の責任下にあるため、サリドマイドの服用は主治医の許可と管理のもとに使用されるべきである。 しかし、使用を拒否されることを恐れて隠れて服用している患者もみられる。 在宅で療養している癌患者や、西洋医学の治療から見放された患者の多くは様々な代替医療を自分の判断で利用しており、サリドマイド治療もその一つに過ぎない。 日本で認可されている癌治療で限界がある場合に、未認可医薬品や代替医療を試してみたいという癌患者の要望を拒否する権利は医療サイドにはないはずである。 医学的理由で禁止すべき正当な理由がなければ、むしろサリドマイド使用を前向きに(少なくとも偏見なく)対応できるように医療従事者が正しい知識を持つことが大切である。 おわりに: 過去の薬害事件の重さをかみしめ、この薬の危険性を認識し、新たな被害が起きないように十分な注意を払って、サリドマイドの薬としての有用性と可能性を活用することが大切である。 過去に薬害事件を起こしたということでサリドマイドを拒否するのではなく、また未認可医薬品であるから保険医療機関では関知しないという否定的態度ではなく、難病の患者が最後の希望として使用している事情を理解し、患者の権利や意思を尊重する柔軟な対応も必要と思われる。

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