タシュケント 掘り。 【2019夏イベント】E3 丁 支援艦隊なしでリセット掘り 攻略・周回 (Grecale Jervisなど)

【艦これ冬イベ2018】E6甲「Ташкент(タシュケント)、Гангут(ガングート)」掘り編成【捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(後篇)】

タシュケント 掘り

8 m 全幅 13. 7 m 喫水 4. 0 m 機関 4 基 オルランド式2 基 102000 計画 130000 馬力 公試 推進 2推進 速力 最大速度 42. 5 43. 5 kn 公試 42. 7 mm 6 基 533 mm3連装 3 基 :80 - 100 個 :68 - 76 個 武装 1941年初 50口径130 mm連装砲 3 基 37 mm単装高角砲 6 基 12. 艦名は元はの首都に因んだものであるが、直接的には時の殊勲船の名称を記念したものである。 ソ連では、における勝利のために大きな功績のあった的な艦として記憶されている。 概要 [ ] 開発 [ ] 、、、、、では高性能の大型駆逐艦を巡る建艦競争が巻き起こっていた。 一方、に参加しなかったソ連では、この時期にはに着手しており、海軍力の増強を図っていた。 そうした中、世界の潮流を見て、ソ連でもこうしたクラスの艦艇の保有が戦術上の課題として考えられるようになった。 そこで、ソ連では最初の嚮導艦となるおよびを開発し、合わせて6隻の同型が建造された。 その後、ソ連は嚮導艦の戦術的価値のさらなる向上のため、42. 5 以上の高速力と20 knで5000の航続力の実現を根幹とした非装甲型嚮導偵察艦の基本計画を立案した。 「I」とは、旧来クラスの艦艇にによる名称をつけてきたソ連・ロシア海軍の伝統に則り、「インポールトヌイ」 輸入の 、あるいは「イタリヤーンスキイ」 イタリアの という語のであるとされた。 また、この艦はこれも駆逐艦風の名称で「イタリヤーネツ」 とも渾名された。 建造 [ ] 1939年、公試を実施するタシュケント 計画書を提出したイタリアの造船会社3社のうち、社の計画が最も優れていると判断された。 ソ連と契約を結んだオート社は、計画に基づいた新型艦をに造船所で起工した。 起工に伴い、「I型」は正式に タシュケントと名付けられた。 、、などの首都名を戴いた他の嚮導艦と違い、「イタリヤーネツ」に対してはロシア内戦中に戦没したの 旧称第7号曳船 に因んでの命名がなされた。 タシュケントの起工に伴い、ソ連では3隻の同型艦を建造することが決定された。 建艦はからにかけて行われることが予定された。 その内2隻の建造は、ので行われるはずであった。 レニングラートのではこのクラスの嚮導艦の建造のために準備が整えられた。 しかしこのプランは実現せず、計画は1937年下半期に中止された。 ソ連ではイタリア式の技術による建艦の十分な経験がなく、特に方式の異なる動力機関のための資材の入手には大きな困難があることが予想されたためであった。 結局、姉妹艦なしの「一人っ子」となることが運命付けられたタシュケントは、同年に、には竣工した。 その後、タシュケントはソ連の海軍拠点のひとつであった沿の港まで回航され、ここでに受領された。 には、で実戦配備に就いた。 タシュケントは、当初の予定ではに配属されるはずであったが、のためを迂回してまで回航することは実質的に不可能となっており、やむなくイタリアから近い黒海方面に押し留められたものであった。 兵装 [ ] 単装砲を搭載した初期の艦容 オデッサに到着した時、タシュケントは未武装の状態であった。 その後、タシュケントはソ連仕様の武装を施されることとなっていた。 当初はおよび用の130mm単装砲 () 3基を搭載したが、すぐに用に開発された ()連装砲 3基に換装された。 射程は13. 9 25. 7 km 強 で、重量は33. こうした大規模な改装は本来の性能を与えるためのもので、タシュケントには初めから連装砲塔の搭載が予定されており、イタリアでの完成時に連装砲塔が未完成であったために単装砲を搭載していた。 改修作業はその後ニコラーエフに回航されて継続された。 砲撃はガリレオ社製「ドゥプレクス」によって統禦された。 これは、2基の4メートルを装備した主要指揮測距儀と1基の4メートル測距儀を装備した予備測距儀からなるシステムであった。 艦には主砲の他にも多くの武装が搭載された。 当初搭載された45 mm 半自動 ()は、1941年に37 mm 自動高角砲 ()に換装された。 また、艦には6基の12. 7 mm や3基の533 mm 3連装も搭載されていた。 これに加えて、赤色海軍艦艇では定番となった2基のが搭載され、これからは型式に拘らずを投射することができた。 また、艦には最大100個のが搭載された。 また、1941年には建造が中断されていた駆逐艦から降ろされた76 mm 連装高角砲 () 砲塔1組が装備された。 このほか戦時中にはマストを改修しての装備も実施された。 しかし戦時中の改修作業については不明な点も多く、残された写真などから判断されている。 従って、その全貌については今以て明らかではない。 実戦 [ ] 6月に始まった大祖国戦争において、タシュケントはやに積極的に参加した。 タシュケントはV・Ye・エロシェーンコ3等によって指揮された。 最初の戦闘は、1941年にオデッサで経験した。 しかし、、オデッサにてのにより損傷を受け、10月からは修理に入った。 からにかけて、タシュケントは駆逐艦およびとともに船団護衛の任に当たった。 3隻は、からに向かう、、、の4隻からなるを護送し、船団が危険なを無事に通り抜けるまで見届けた。 セヴァストーポリの戦い [ ] における戦闘では、黒海艦隊で行われた数々の重要作戦に指揮艦として関わった。 輝かしく、また悲劇的でもある大きな活躍を残したタシュケントの名は、その舷側からセヴァストーポリに降り立ったの兵士たち、一度ならず艦砲射撃で支援を受けた沿岸部隊、そしてその護衛によって命を救われた多くの船舶の指揮官に記憶されている。 セヴァストーポリの陸上防衛部隊は、増援部隊、火砲、弾薬、燃料、そして食料の継続的な供給を必要としていた。 タシュケントは、その高速性能と高い機動力、そして強力な対空兵装で敵機から身を守った。 また、1170トンという燃料搭載能力は、毎回その半分をセヴァストーポリに供給した。 また、艦内空間が比較的広かったため多くの物資を積載することができた。 ある支援作戦の際には最下甲板にを30輌近くも搭載したことがあった。 これは重量で言えば700トンにも及ぶ過載であった。 艦はに遭った際に波を越えることができず、艦上に襲い掛かる水の重量が第1最下甲板区画の甲板をへこませてしまった。 裂け目が生じそこからは海水が流れ込んだ。 しかし事故処理班はすぐさまこれを処理した。 のセヴァストーポリ攻撃の第二波が行われた時期、主要基地にあったタシュケントは絶えず防衛部隊への援護射撃を行った。 からにかけて、タシュケントは800発のを消費した。 南ロシアへの脱出 [ ] 、タシュケントは艦上に2300名の負傷者と、そして ()のパノラマ画「 ()」を載せ、母港セヴァストーポリを捨てのを目指す艦隊の最後尾を進んでいた。 86機のドイツ空軍機が1時間余りに渡り艦を追撃し、336発のを投下した。 巧みな機動によりタシュケントは直撃弾から逃れることに成功した。 しかし至近弾の爆発によりが動かなくなり、第1室が水没した。 艦の支援のため、司令部は1組のを派遣した。 この2機の高速はドイツ空軍機を駆逐し、その間に駆逐艦ソオブラジーテリヌイとがノヴォロシースクからの脱出に成功した。 これらの艦に傷病兵や難民を移したタシュケントは、自力でノヴォロシースクのツェメスカヤ・ブーフタまで到達した。 この英雄的行為に対し、のちにタシュケントの全乗員にが送られ、指揮官エロシェンコとG・A・コノヴァーロフ1等大佐にはが与えられた。 1942年、タシュケントはの指揮官の訪問を受けた。 将軍は、乗員の前で「このような戦士たちこそ、我々の軍の誇りである」と演説した。 そして、将軍は「」の名誉称号をタシュケントに与えることを自ら申請しておこうと約束した。 しかしその翌日、艦の命運は突如として尽きることとなった。 正午近く、エレヴァートルヌイ係船場に停泊中であったタシュケントを敵機が不意打ちしたのである。 から投下された2発の命中弾が、タシュケントの息の根を止めることとなった。 乗艦していた344名のうち、76名が戦死、77名が負傷した。 そして、艦は埠頭脇に着底した。 復帰 [ ] タシュケントの戦列復帰は叶わなかった。 は、艦からすべての儀装を取り去った。 76 mm 高角砲も撤去され、完成させることになった元のオグネヴォイに戻された。 タシュケントの艦体自体は、そのまま桟橋に放置された。 タシュケントの浮揚はのノヴォロシースク奪還まで待たねばならなかった。 タシュケントはこの年のに浮揚されたが、調査の結果、艦の損傷は修復するにはあまりにひどく、艦の再生はならないとの判定が下った。 タシュケントはニコラーエフまで曳航され、戦後、からにかけて解体された。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語)• (ロシア語).

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【艦これ】2019 春イベ E3 2ゲージ目掘り 照月、タシュケント、ガングート、石垣 【発動!友軍救援「第二次ハワイ作戦」】

タシュケント 掘り

うん、そう。 本当の艦種は駆逐艦なんだ。 嚮導駆逐艦。 まあ、駆逐艦としては大きいかな。 確かに。 海の戦いも陸上の戦いの援護も頑張ったよ。 結構頼りになるだろ? 空色の巡洋艦、どう? うん、よかった! 覚えておいてね。 いろいろと輸送なんかにも使えるよ。 新年か、いいね。 食べるよ。 ……あ、おいひい。 同志やるなぁ。 艦隊は五周年かい? いいね。 今夜はボルシュを作ろう。 艦隊は六周年かい? 凄いな。 今夜はピロシキを振る舞おう。 艦隊は七周年かい? 嬉しいね。 この雰囲気。 この国の秋もいいものさ。 食べ物も、美味しいね。 酔いすぎじゃないか、全く。 ははっ。 やられちゃった……同志ごめん。 でも、まだ! 勝利MVP 同志!この空色の巡洋艦が一番なのかい?それは嬉しいな。 帰投 同志提督、艦隊、戻ったよ。 助かるよ。 あは!いいね。 いいね。 入渠(小破以下) やられちゃった。 ごめん! 入渠(中破以上) ちょっと本格的に直さなきゃ。 同志、良かったね! 戦績表示 情報は大事だよね。 いつだってそうさ。 時報 放置時 同志…あぁ、忙しそうだね。 キャラクター設定について• 一人称は「あたし」。 この一人称が出てくるのはケッコン後台詞のみ。 服装も艤装もニックネーム通りの空色が基調。 』の208話にて、タシュケント本人からパパーハである事が言及された。 パパーハとクバンカはどちらもコサックの軍服に由来し、時代によってはロシア軍の制式装備に採用されている。 基本形状は前者は背が高く先細り、後者は背が低いものとされるが、中間くらいの形状のものもあって区別がつきにくい。 1937 1. 11 起工 1937 12. 28 進水 1939 5. 6 竣工 1939 10. 22 就役 1942 7. 2 沈没 1944???? 通常、ソ連の駆逐艦は「」(信頼できる)と言ったような形容詞を艦名に戴くのが慣例であった。 例:7U型駆逐艦1番艦「ストロジェヴォイ」(見張りの)、同9番艦「ソオブラジーテリヌイ」(利口な)• しかし20型駆逐艦「タシュケント」はソビエト連邦を構成するウズベク・ソビエト社会主義共和国(現ウズベキスタン共和国)の首都の名である。 地名の方は「タシケント」とも表記される。 これはタシュケントだけでなく、嚮導駆逐艦の名は都市名から取っていたため。 例:1型駆逐艦(嚮導艦)1番艦「レニングラード」、同3番艦「モスクワ」。 48型駆逐艦1番艦「キエフ」• ウズベキスタンの首都タシュケント(タシケント)について詳しい解説はに譲るが、古代から交易の中継で栄えた歴史ある都市で語源は「石の街」。 日本に縁のあるものと言えば日本人シベリア抑留者たちが建設に関わった国立大劇場がある。 彼らが建設にどの程度関わったかは諸説あるものの、1996年に彼らを称える内容を記した銘板が設置された。 実艦について• ソヴィエト連邦の第二次五ヶ年計画によって計画された嚮導駆逐艦。 海軍力の増強を図っていたソ連の駆逐艦隊旗艦として計画され、他の駆逐艦よりも大きな艦体 基準排水量2893tはほぼと同じである 、強力な武装、通信能力、指揮能力を持って生まれた。 『空色の巡洋艦』とはコバルトブルーに艦体が塗られていたことからつけられたあだ名。 ソヴィエトおよびロシアでは大祖国戦争(第二次世界大戦)を勝利に導いた英雄的な功労艦の一隻として記憶されており、黒海での奮闘を称えてソヴィエト連邦国家賞が与えられ、親衛の称号授与が諮られるほどであった。 タシュケントは13万馬力という非常にパワフルな艦でもあった。 日本海軍だとと同レベルである。 公試において42ノット以上という高速力を出したことでも知られている。 缶とタービンを持ってくるのはこの為だろうか? 建造経緯について• ソヴィエトは駆逐艦隊の旗艦に嚮導駆逐艦(後述)を当てていた。 タシュケント以前には1号計画型嚮導駆逐艦(レニングラード級)および38号計画型嚮導駆逐艦(ミンスク級:レニングラード級の改良型)を建造したが、いずれも当時のソ連の技術力を超えたところを狙ってしまったため完成度も信頼性も低かった。 そのため技術力の高い外国からの技術導入を狙って計画されたのが20号計画型駆逐艦「タシュケント」である。 『北の国で生まれた』となっているが、発注したのはソ連だが建造されたのはイタリアのオート社(現オート・メラーラ社)がリヴォルノに保有していた建造ドック。 少しややこしい。 イタリアの造船会社三社の比較競作によって設計され、そのうちオート社のものが採用されて1935年1月に起工、1937年に進水、1939年5月に竣工した。 完成前の仮称は「I級駆逐艦」だった(Iは「イタリア製の」を意味する『イタリヤーンスキー』、「輸入物の」を意味する『インポールトヌイ』の頭文字からとられたとされる)。 イタリアに発注した一番艦とは別に三隻の同型艦を建造する予定で 金剛「ワタシ達にそっくりネー!」、ソ連国内ではそのための新工場およびドックも完成していたが、この計画はそもそもの技術の修得に難があり、また資材調達が難しくなると判断されて1937年に中止されてしまった。 タシュケントは進水するかどうかのうちから一人っ子になることが決まってしまったのである。 結局38号計画型嚮導駆逐艦をベースにタシュケントで得られた技術を取り入れたやや小型の48号計画型嚮導駆逐艦(キエフ級)が10隻計画・4隻(5隻とも)起工された。 しかし独ソ戦の勃発と共に建造中止となり、以後嚮導駆逐艦は建造されなかったため、結果的にタシュケントはソ連最後の嚮導駆逐艦になってしまったのだった。 なおタシュケント自身に姉妹艦はなかったが、建造国イタリアの海軍でタシュケントの設計をベースにカピターニ・ロマーニ級軽巡洋艦が建造されている。 金剛「こんなとこもワタシとTigerの関係に似てるネー」• 48号計画型のうち、黒海沿岸のニコラーイェフ(現在のウクライナ・ムィコライウ市)で工事が進んでいた1番艦「キエフ」と2番艦「エレバン」は港湾都市バトゥミやポチに避難したものの、その後建造が再開されないまま1950年代に標的艦となった。 レニングラードで起工されるかその準備中だった「スターリナバード」「アシュハバード」「アルマータ」の3隻はレニングラード攻囲戦のさなかに船台上で解体された。 上記5隻の他に黒海でもう3隻、北海で2隻が発注されていたが、ついに着工される事は無かった。 竣工した後「タシュケント」は黒海沿岸のオデッサ港に回航され、ソ連海軍に受領された。 兵装の艤装が済んでおらず非武装状態で引き渡されたため、その後で兵装の搭載が行われた。 計画ではバルト海艦隊に配属されるはずだったのだが、ヨーロッパをぐるりと大回りした上にドイツ勢力圏内を通るのは危険が大きすぎると判断され、黒海艦隊への配属に変更された。 戦歴について• 1941年にドイツとソヴィエトの間に戦端が開かれると、タシュケントは黒海艦隊の一員として黒海を駆けずり回る忙しい日々を送ることになる。 黒海艦隊においては、開戦1週間前に就役したばかりの巡洋艦「モロトフ」と共に行動することが多かった。 最初の戦闘である8月22日に工業都市であるオデッサという都市でもモロトフや他の僚艦と共に対空迎撃任務に就く。 モロトフとタシュケントは新型の対空レーダーを搭載しており、対空任務では活躍されることが期待されたが…… モロトフ「対空レーダーに反応ありません!」 タシュケント「なんで!? こっちはバッチリ映ってるよ!? と、とにかく時間がないから位置を教えるね!」• と、慌ただしいデビュー戦を飾ることとなる。 この時艦隊に大きな被害はなかったのが幸いである。 戦闘後、タシュケントの乗組員がモロトフのレーダーを点検するため移乗。 そしてレーダーが敵機を捉えられなかった衝撃の理由が判明した。 なんと「 電源の入れ忘れ」である。 ドジっ子モロトフちゃん 前述のようにモロトフは就役してから1週間しか経っていないため、慣熟訓練もままならぬ中で戦争が始まってしまったことから致し方ない面もあるのだが、流石にこの時ばかりはモロトフ乗員はタシュケント乗員にこっぴどく怒られたようである。 なおこのモロトフとはセヴァストポリ撤退までの長い付き合いとなる。 その後、同月30日にタシュケントはオデッサでドイツ空軍の空襲により損傷を受け、同年10月より修理に入る。 修理の際に改装を受ける事になり、外国製の対空レーダーなど対空兵装の強化が行われた……と思われる。 改装に関する資料は写真しか残っておらず、どのような兵装を載せたのか詳しい資料がないので写真から見て取れる範囲でしか判断できないのである。 ソ連時代の後遺症っていうかそもそも海軍資料の絶対数が格段に少ない… 陸のはあんなに残ってるのに…• その後同年11月25日~28日にかけてタシュケントは7-U号計画型駆逐艦ソオブラジーテリヌイおよびスポソーブヌイとともに船団護衛の任に当たった。 三隻はバトゥーミから極東ロシアに向かう砕氷船一隻と油槽船三隻の四隻からなる輸送船団を護送、船団が危険なボスポラス海峡を無事に通り抜けるまで見送ったという。 この他にも、タシュケントはセリフで甲板の広さについて語っている通り、駆逐艦にしては大きな船体故に甲板や艦内容積が広く多くの人員や物資を輸送でき、速力も速かったことからドイツ軍の包囲下にあったオデッサやセヴァストーポリなどへ陸戦兵力の展開や避難、物資の輸送などで黒海を走り回っていた。 さながら鼠輸送• 水色の船体で走り回っていたのが余程目立ったのか、セヴァストーポリへ出入りするようになった頃から友軍地上部隊や黒海周辺の住民から「空色の巡洋艦」と呼ばれるようになったようである。 タシュケントの活躍をまとめると、輸送任務40回以上、護衛任務17回、19,300人の民間人脱出、2,500トン以上の物資輸送、対空任務30以上、敵機9機撃墜、他未確認撃墜4機、魚雷艇1隻撃沈、その他対地支援砲撃による敵地上軍の部隊や陣地の撃破など約1年間、黒海を駆け回った。 タシュケントの最後• 1942年6月、黒海艦隊の活動拠点でありドイツ軍の包囲下にあったセヴァストーポリの防衛線が崩れ始めると、ソ連軍は同地からの撤退を決め、黒海艦隊はノヴォロシースクへ脱出する事となる。 タシュケントは2,100~2,300人の避難民と負傷兵、有名な絵画などを乗せ、セヴァストーポリからノヴォロシースクに向けて脱出する艦隊の最後尾を進んでいたが、ドイツ空軍に発見されてしまう。 86機の爆撃機に約1時間追撃され300発以上の爆弾が艦隊を襲うが、タシュケントは巧みな操艦により直撃弾を受けることはなかった。 しかし、その後90機にも及ぶドイツ空軍が再び飛来した。 今度は上手いこと避ける事ができず1t爆弾を至近に浴びてしまった事で舵が故障し、船体にヒビが入って第一ボイラー室が浸水した。 そこに司令部から救援の命を受けた友軍機とノヴォロシースクから出迎えの艦が駆け付け、ドイツ空軍を撃退した。 タシュケントを助けんと!• その間に、タシュケントは駆逐艦「ソオブラジーテリヌイ」と「ブジーテリヌイ」に避難民などを移乗させ、大勢の人々を脱出させた。 この時、ソオブラジーテリヌイからはタシュケントがよほど痛々しい姿に見えたのか「艦を棄てて脱出せよ」と何度も呼び掛けたが、タシュケントは「だが断る」の一点張りだった。 そんな押し問答を約30分続けた• その後、タシュケントは自力で航行を続けたり、ソオブラジーテリヌイに曳航して貰ったりしながら無事ノヴォロシースクまで辿り着いた。 死線をかいくぐり無事脱出したタシュケントは英雄的な活躍をしたと認められ、全乗組員にスターリン国家賞が、艦長と政治将校にはレーニン勲章が贈られた。 どちらもソ連における最上級の褒章であった。 1942年7月、現地司令官のブジョーンヌイソ連邦元帥がタシュケントを訪問し、これらの活躍を称え「我が軍の誇りである」と乗組員達の前で演説し「 親衛」の称号が贈られるよう申請すると約束した。 「親衛」とは、顕著な戦功を挙げたものに贈られる名誉称号であり、意味合いとしては「精鋭」といった風になる。 個人に限らず師団や艦艇にも送られた。 例:スターリングラード攻防戦において街を守り抜いた第62軍は「親衛軍」の称号を贈られ「 第8親衛軍」となる。 海軍では駆逐艦「ソオブラジーテリヌイ」が「親衛艦」の称号を贈られ「 親衛駆逐艦ソオブラジーテリヌイ」となる。 ソ連において「親衛」の称号は重要であり、こと海軍においては親衛の称号を贈られた艦は 艦名そのものが名誉称号となり、艦名を引き継いだ艦も親衛艦となるなど、大変誉れ高い事である。 今までいくつものを任務をこなし、死線をかいくぐり、名誉まで約束された運のツイた艦であったが、突如としてその命運は尽きる。 ブジョーンヌイ将軍の訪問を受けた翌日7月2日、78機のドイツ空軍の編隊がノヴォロシースクを襲う。 この時、ソ連側にはちょっとした油断があった。 今までもノヴォロシースクは空襲を受けた事があったがどれも飛行場など地上施設を狙ったものであり、今回もそうだろうと思っていたのである。 しかし、今回のドイツ空軍の狙いはノヴォロシースク港内の艦艇、タシュケント達だったのである。 埠頭に停泊中だったタシュケントはドイツのJu88爆撃機に急襲され、最初に1t爆弾が艦首に命中、続いて2発の250kg爆弾が機関部に命中、これが致命傷となった。 その後更にもう1発の250kg爆弾を艦尾に浴びた。 最後の命中弾から3分後に沈没、着底した。 乗り合わせていた乗員334名の内76名が戦死、77名が負傷した。 その後、ノヴォロシースクが戦場となるなど、街が奪還される1944年まで浮揚する事ができず、後に浮揚したものの船体の損傷が激しく修理は不可能と判断され除籍となり、1946~1948年の間に解体された。 それまでの強運や活躍もウソのように突如として命運が尽きたタシュケントであったが、その雄姿は人々の記憶に深く刻まれ、海軍では「タシュケントを思い出せ!」や「タシュケントのように!」といった掛け声ができるほどであった。 最新の15件を表示しています。 なかなかワイルドな「ウラー!」だ、19450509点 -- 2020-02-25 火 21:55:04• 同志脱ぐとでっかいのを再確認 -- 2020-02-28 金 15:59:09• 動いてる同志がもう可愛くて格好良くて最高 -- 2020-02-29 土 15:46:09• アーケードで母港でのモーションの一つに2019年のカレンダーが元ネタのモーションがあったな。 それとCIが覇王翔吼拳… -- 2020-02-29 土 16:32:37• アーケードの「奥の方まで見てみるかい?」の仕草がちょっとエロすぎた -- 2020-02-29 土 20:38:14• まさか……くぱあしてるのか!? -- 2020-03-28 土 02:05:41• とてもえっち -- 2020-03-31 火 17:22:23• ちなみにシベリア抑留で作られた大劇場はタシュケント地震があった際にヒビ一つなく無事避難所となった模様 -- 2020-04-10 金 16:10:31• サルーテにそのうちモロトフカクテルとか出てこないかな -- 2020-04-10 金 18:58:14• フトモモカクテルと空目した・・・ 自粛疲れだな 同志、銃殺されてくるよ -- 2020-05-06 水 14:44:42• また いどさんちのタシュが暴走している・・メロンで既刊が大幅割引のようだ。 -- 2020-04-20 月 15:01:52• アホの子成分すこ -- 2020-05-06 水 12:25:28• 改装が噂される「傑作駆逐艦」の有力候補だと思われるが静かだな まあ彼女の場合「嚮導駆逐艦」や「空色の巡洋艦」など相応しい二つ名が既にあるし 慌てることもないが -- 2020-05-05 火 10:37:19• 入手性の悪さを先に改善しないとねぇ 激悪すぎ てか駆逐艦唯一の4スロ持ちだし性能的にそう簡単に渡す気なさそうだから今回は違うと思うな -- 2020-05-06 水 14:41:01• E1が北の可能性があるからドロップしてくれないかな? -- 2020-06-16 火 23:08:12• 多手拳斗 あたたたた お前はもう沈んでいる 梅雨イベントの白昼夢を見た。 現実になるといいなーー -- 2020-06-23 火 18:31:11• 分かってもらえるとは思いますが「お前はもう沈んでいる」はタシュケントのセリフです。 -- 2020-06-23 火 18:56:46• 【朗報】運営よりE1にてタシュがドロップする模様 -- 2020-06-27 土 02:17:03• 今イベントでドロップするそうです。 -- 2020-06-27 土 02:17:21• 丙では泥しないかな?丁提督の私が甲乙に挑むこととなってしまうのか… -- 2020-06-27 土 02:28:03• twitter見てたら丙でドロップしてた人いましたよ。 一隻目だそうです。 軍艦や戦車には大体一人は配属されており、主に軍隊内における士気高揚や反革命分子の摘発が役目の監視役。 将兵の「粛清」など冷酷な事で知られるが、兵士のカウンセリングや横暴な将校の摘発などクリーンな一面もあった。

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【2019夏イベント】E3 丁 支援艦隊なしでリセット掘り 攻略・周回 (Grecale Jervisなど)

タシュケント 掘り

乙以下の難易度では、全員出撃が可能です。 出撃回数も減らせます。 (弾薬ペナルティはありますが) 第1、第2編成の上に空母機動などの編成装備を入れ替えるのは、とても大変ですので・・・。 Kマスは基地航空隊で対処してます。 編成はネルソンタッチ前提の攻略となります。 節約編成の為の丁周回です 本記事でも恒例の 節約編成周回となります。 まずは支援艦隊(道中・ボス)を完全に無くすことからはじめました。 丙にて第1ゲージを周回したのですが… ・第1ゲージ道中Iマスの大破率が結構高い ・ボスの 第1編成にPT小鬼群が2匹いる(!) ・ボス自体は倒せるが、PTが残りまくって全くS勝利できない ・レア艦は全難易度のほぼ全てがS勝利限定ドロップ ・よってS勝利掘りが出来ない ・丙でボス支援出してもS勝利は難しい ・そもそも支援出すなら丙でやる意味があるのか、節約掘りになってない ・目玉のタシュケントは甲乙S勝利限定なので、丙でも丁でも同じでは? といった感じです。 Jマスのマエストラーレは丁でも2隻目ドロップ報告があり、 Uマスのゴトランドは丁で私がドロップ確認しました。 よって、丙と丁とのドロップ差は 確率以外は無いです。 タシュケントのドロップ有無のみです。 やっぱり確率以外無いです。 (コメントを反映) 丁でも編成装備と基地航空隊の配分を何度も見直しました。 30周以上行って、安定してきたので公開します。 第1にPT置くのは鬼畜だあ… 丁だと柔らかいPTが1匹だけです。 なお、潜水6+支援艦隊の攻略法もありますが、支援の分重いですし、PTを支援艦隊が倒せないとS勝利は無理です。 あくまでS勝利でレア艦ドロップを狙いに行きます。 攻略手順 1.丁で第1ゲージ破壊(4回) 2.EマスA勝利以上1回 3.OマスA勝利以上1回 4.第2ゲージ削り(4回。 分岐条件は頻繁に更新されるため、を参照してください。 水上打撃部隊を使用します。 高速以上でないと、1戦増えます。 (ネルソン高速化) 特効艦をドンドン使います。 特筆すべきが日進。 対地3点セット+甲標的で、ボスが砲撃戦開始前にワンパンできることも。 大破撤退率の高いKマスで、基地航空隊1部隊+ネルソンタッチで対策してます。 (道中で使うため、対地駆逐艦を3・5番目に置いていません) 第1の6番目の駆逐、第2の旗艦の軽巡は育成枠でもいけます。 ガチガチにしたいならガリバルディや阿武隈がおすすめです。 第1ゲージのポイントは、以下の通り。 ・ PT小鬼群対策(機銃・見張員) ・ 陸上装備(大発系統・WG・三式弾など。 それに伴う大発可の駆逐艦配備) ・特効艦(特にフレッチャー、ジョンストン、ジャーヴィス) 支援艦隊は不要です。 基地航空隊 基地1 出撃 陸戦1陸攻3 Iマス・半径7 基地2 出撃 陸偵1陸攻3 ボスJマス・半径8 基地3 出撃 陸偵1陸攻3 ボスJマス・半径8 今後一切編成は変えません。 半径8に注意。 (陸戦は7が限度です) 陸偵がない場合は陸攻でOK。 Oマスは半径8なので、基地1はGマス or 退避。 駆逐1を 秋月型に変更。 分岐条件は頻繁に更新されるため、を参照してください。 水上打撃部隊を使用します。 第1艦隊 ・対地3点セットでネルソンタッチ(日進・コマなら3点+1点!) ・三式弾装備 第2艦隊 ・特効艦・幸運艦のカットイン艦2~3+魚雷 ・夜戦用装備(探照灯、夜偵、照明弾、見張員) 大破撤退率の高いKマスで、基地航空隊1部隊で対策してます。 PT不在。 ボスは丁ながらも硬いです。 不運なときはA勝利もあります。 だいたいS勝利率80%程度です。 支援艦隊は不要です。 基地航空隊 基地1 出撃 陸戦1陸攻3 Kマス・半径6 基地2 出撃 陸偵1陸攻3 ボスUマス・半径7 基地3 出撃 陸偵1陸攻3 ボスUマス・半径7 鬼門のKマスに1部隊送ることで安定度が増します。 ボス戦での火力が不安ならUマスに全部出してください。 最後に 丙も合わせると、検証だけで40周ぐらいしました。 支援なしの掘りながらも、連合艦隊なので資材が結構減ります。 クリアする難易度を考慮し、資材を使いすぎないようにしておきたいです。 管理人の周回状況 Jマス 7、21 早波 28 リベッチオ 36 択捉 Eマス 4、6 択捉 Uマス 2 対馬 7、30 岸波 25 ゴトランド 29 峯雲 33、42 ローマ 34、43 リットリオ 40 マエストラーレ リットリオとローマの姉妹が2回に分けて連続で出るというミラクル。 なんだこれ… こんばんわ。 まず「日進」ですが、4スロというのが大きな特徴で、代用するなら高速水母である千歳か千代田ということになります。 例えば第1ゲージだと「対地2点装備+甲標的」「対地3点」などが考えられます。 対地装備ができるなら駆逐や軽巡などでも代用は効きます。 (阿武隈改二など) 「ネルソン」がいない場合は、長門・陸奥・コロラドということになります。 条件を考慮するとコロラドはキツイので、長門陸奥改二となります。 ただし第1ゲージは高速化する必要があります。 無理に入れないで、特効持ちの戦艦を2隻ほど入れたほうが良いかも知れません。 うちの編成は節約で軽いのが特徴なので、キツイと感じたら素直に重くしていってください。 E2丁堀でお世話になったので私のやってるネルソン狙いのE3丁堀編成をお礼に載せさせていただきます。 第一艦隊の低速Warspiteを高速戦艦に、大鳳改を高速軽空母にする事で1ゲージ目も同じ装備で回れるようにしました。 戦艦はイベで入手したLv1の育成艦ですが問題なく使えています。 対地担当は第一艦隊の龍田・第二艦隊の阿武隈です。 ボス前付近で重巡・駆逐が大破した場合は司令部使ってにボス行きそれ以外はSが取りにくいので撤退しています。 いつもお世話になっております。 先ほどようやくE2甲突破しましたので、これからE3丁掘り開始です。 Jervis、Aquila、ついでに早波狙いです。 E3丁掘りを楽にするため、E2甲攻略前にこちらの記事を確認し、E2甲攻略はE3丁掘りで使うかもしれない艦を控えての出撃となりました。 Zara、Pola、雷巡、雪風や、もしかしたらPrinzも使うかも、等々、だいぶ制限をかけて挑んだのです。 何度も挫けそうになりながらも、サブ隈カットインでなんとかゲージを破壊しました。 これで掘りは万全だ!と、喜びに満ちあふれながら気分揚々とこちらの記事を再確認しに来た時、ハタと気づいたのです。 「丁掘りなんだから、札関係ないじゃん・・・」 まあE3甲ゲージ破壊時の選択肢が増えたので良しとします。 皆さん、お気をつけくださいね! こんなアホはそうそういないと思いますがね!• お疲れ様です。 無事Jervisを入手し、土曜日から攻略に入り無事乙でクリアしました。 それでも前回入手できなかった艦が漸く入手できましたし、新艦も入手済なので気持ちを切り替えて次のイベントに備えることにします。 本当にありがとうございました。

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