米津ツイッター。 米津玄師「米津玄師 2020 TOUR / HYPE」 ライブ セットリスト、感想まとめ

米津玄師のツイッターやブログの発言まとめ!死生観や性格は?

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米津玄師のプロフィールを紹介 まず先に、 米津玄師さんのプロフィールを簡単に紹介します。 デビュー後も、アニメ主題歌やCMソングに起用されるなど、知名度をさらに拡大していきます。 「Lemon」のYouTube動画再生数は3億回を突破し、2019年3月に発表された『日本ゴールドディスク大賞』では「Lemon」で2部門を受賞しています。 ツイート内容は、米津さんが小学生の頃行った絵画教室での出来事について。 小学生のころ戯れに行った絵画教室で、同年代の生徒が描いた絵を指導という名目でズケズケと塗りつぶしながら修正した教師をそばで見ていた。 その時の「こんな悪人が世にいるのか」と思った記憶が今なお人格の一部として機能してる実感がある。 このツイートは全国ツアー「脊椎がオパールになる頃」の最中に投稿されたため、米津さんの重々しいツイートに心配する声も多かったようです。 さらに米津さんは、先ほどのツイートに続けて• 痛みがなければ理解できないという理由で、暴力を正当なものだと挿げ替えようとすることの浅ましさ• 子供ながらの「純粋な表現」が必ずしも美しいとは全く思わないけど、自分には何かができるという過信が才能なんだとすれば、それを叩き折る行為に意義なんてない と強く批判しています。 痛みがなければ理解できないという理由で、暴力を正当なものだと挿げ替えようとすることの浅ましさ。 その胸には暴力に耐え切った優秀なケースだけが成功体験として残り、足元に積み上がった失敗には一切目を向けない。 自分の指導能力のなさを子供に押し付ける態度でしょうね。 とても腑に落ちました• そういう敏感な心の米津さんが好きだな• 私も同じような経験がありました など、 米津さんを賞賛する声が特に多く集まっていました。 息子が小学校の低学年の頃の話。 「自分の顔を描く」って課題で、息子は髪の毛を青く塗った。 「色覚障害もあるんですか?」とその先生は言った。 話出す時に、多少のたどたどしさがあった。 「吃音なのでそちらの指導教室に行ってはどうか」とも言った。 — 佐川・抜け首・なん nankuru28 米津さんが荒ぶってらっしゃる、、何かあったのかな。 昔の思い出が蘇った?言いたいことはよーーーくわかるわ。 幼少期って実はめちゃくちゃ純粋で柔いから、接し方ひとつで大きく傷つくことがある。 「自分には何かが出来る」という思いを「過信」だと心のどこかで思いながらも、じぶんを信じてあげているところだ。 ありがとう、米津さん。 応援してたら子供の友達のお兄ちゃん 当時中2、3 、「おれ、頑張れ~って応援されるの嫌い。 頑張れ~て何?頑張ってんの当たり前やん?」って。 ん?ん? — ちび天 4EqDDhuDUUlWFTm おはようございます。 冴えない天気と昨夜の言葉が相まって、元気のない朝。 まあ誰だって楽しい日もあれば 楽しくない日もあるか。 大好きな人の言葉に気分が左右されることも 敏感な私の良いところであり そういう敏感な心の米津さんが たまんなく大好きだな。 この前のインスタライブを聴いて、どれだけの地道な時間を過ごしているのだろうと、想像もつかないほど努力したんだろうと思ったの。 過信を本物に出来る努力を私もしてみたいな…。 今回のツイートでまたいろいろ言われてる💧 こんなんじゃなんも言えなくなっちゃうよね💧 呟いてもらえなくなるのは嫌だ😭 — まっちー zgManVPZ3ebJrE4 米津玄師が教育に対する熱い思いを語っていて、彼もまた個性を潰す学校教育の被害者だったんだなと感じたよ。 川谷さんは米津さんと仲が良く、度々飲みに行く様子がTwitterにもアップされています。 一見この写真も米津さんと川谷さんの休日の様子をツイッターに投稿しただけなのですが、ツイートの投稿日である2019年2月13日は、 タレントのベッキーさんがプロ野球の片岡治大コーチとの結婚を発表した日。 以前 川谷さんは、ベッキーさんとの不倫騒動で世間を賑わせたため、今回の米津さんのツイートに批判が集まったようです。 ベッキーが結婚して米津玄師が川谷絵音に幸あれとか言った男子同士のノリみたいなの気持ち悪すぎ• ベッキーの結婚で川谷絵音をセカオワハウスで深瀬と米津玄師が慰めてんの面白すぎる• ベッキーが婚約発表した日にこれは米津さんドS過ぎます など、批判含め様々な意見が寄せられていました。 その11人の中に米津さんがいたことも、今回のツイートで炎上した原因となったようです。 人生や親に感謝するのはいいと思うんだけど、少なくとも元の記事には他人や政治のせいにして自殺した人の様子なんてひとつも出てこない• 「自殺する人間像」を自分の中で固定して、それを自明なことのように話すのはとても危険な振る舞い と強い口調で反論しています。 人生や親に感謝するのはいいと思うんだけど、少なくとも元の記事には他人や政治のせいにして自殺した人の様子なんてひとつも出てこないし、そこからの「成功に囚われるな、成長に囚われろ」という言葉もどこから出てきたのかよくわからないっていうのが正直な感想です。 ただ自殺で知人を失った経験がいくつかあり、思うところがあったので、一応突っ込んどこうと思った次第です。 おわり。 本田圭佑さんの言葉が苦しんでいる人の為を思ってのものであることは疑いません。 彼なりの優しさであって、現にその言葉によって救われる人も沢山いるんだと思います• ただ、「人のせいにするな」「政治のせいにするな」という言葉を、死んだ僕の知人が聞いたらどう思うだろう、という想像を止めることができませんでした。 恐らくその言葉は彼を著しく傷つけたと思います• 自殺する人間はこういう人間なんだと決めてかかっている「ように見えてしまう」言動に対して、僕はとても危険だと思いました。 正直憤りも感じました• だけど本田圭佑さんはそういうつもりじゃなかっただろうし、根本にあるのは「価値観の違い」なので、彼の言葉は尊重されるべきです という自身の考えを、8ツイートにわたって投稿しました。 何個かに分けてツイートするのでよければお付き合いください。 とても真面目で責任感の強い子で、それゆえ人に頼ったり、人のせいに出来なかったんだと思います。 他人のわがままや悪意を、自分のせいだと勘違いしたまま、ついにはいなくなりました。 彼なりの優しさであって、現にその言葉によって救われる人も沢山いるんだと思います。 それを否定しようとは思いません。 恐らくその言葉は彼を著しく傷つけたと思います。 その度に言葉は使い方によってはとても危険なものになることを再確認します。 この言葉も誰かを傷つけてしまうかもしれません。 正直憤りも感じました。 だけど本田圭佑さんはそういうつもりじゃなかっただろうし、根本にあるのは「価値観の違い」なので、彼の言葉は尊重されるべきです。 じゃないと今までの自分の発言や音楽が嘘になってしまうな、と思ったからです。 どちらが正しくてどちらが間違ってるとか、そういう話ではないはずです。 どこまでいっても価値観の違いだと思います。 どうかご理解いただけると幸いです。 米津さん、その亡くなってしまった知人の分まで生きている感じがする• 米津信者の盲目同意のリプが気持ち悪い• 米津さんの熱意に涙が出てきた• 人が身を削ってまで紡いでる言葉の最中に馬鹿みたいなことを返すのは相手にも自分にも失礼だと思う など、様々な意見が寄せられていました。 — たい ponzunzun8888 ぶつかり合うのは嫌いだから、 心に留めてしまう。 たくさん留めてしまったものを 溶かしてくれるのが 米津さんの歌だと思ってる。 だから米津さんが好き。 「嘯くも死人に口は無し」って歌詞を書いているぐらいだから、周りがどう解釈しようと亡くなった人はそれに口を出せない訳だし、これはとても悲しい事だと思う…解釈が皆の固定概念になってしまう前に米津さんが代弁した感じ。 — とまと 10mato72 米津玄師がすべて正しい。 本田選手が全て正しい。 自分の持ってる意見が全て正しい。 とはおもわんけどさ、人が身を削ってまで紡いでる言葉の最中に馬鹿みたいなことを返すのは相手にも自分にも失礼だと思う。 言葉っていつかじぶんにかえってくるんだよ。 どっちが正しいとかそういうことじゃなくて 優しさはどっちも持ってるんだなって思った。 — CHAM 受験期浮上率8% chackychamram 昨日の米津さんのツイートは相当反応があったみたいだけど、それについての意見は様々だよね。 でも、「米津玄師は本田圭佑に意見できる身分じゃない」みたいな事を言っている人がいるのは個人的に許せないかな。 そしたら、あなたみたいな一般人が米津さんに意見はできないよ。 — まにま。

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米津玄師の昔の彼女が死んだ噂。理由はTwitterでの歌詞解読

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曲の歌詞の中には、 いなくなってしまう人へのメッセージ性が強く出ているので、 「きっと米津玄師も過去に彼女が死んだんだ!」と勘違いを起こしてまったようです。 実際には、米津玄師さんが昔の亡くなった彼女のために書いた曲ではありません。 「彼女が死んだ」は良い誤解? ツイッターやブログでもこの曲の歌詞の解読がされていますが、やはり「いなくなってしまう人」への意識が強いです。 きっともうこれ以上 傷つくことなど ありはしないとわかっている あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない 今でもあなたはわたしの光 暗闇であなたの背をなぞった その輪郭を鮮明に覚えている 受け止めきれないものと出会うたび 溢れてやまないのは涙だけ ドラマと主題歌を重ねて見てしまうのは仕方ないことですが、歌手自体と曲をここまでがっつり重ねて見られるのは珍しい例ですね。 ドラマ、紅白の視聴率に続いてオリコンでもYouTube再生回数でも圧倒的な記録を見せたシングルだけに、 この誤解は良い意味があると思います。 それだけ 真剣にドラマと曲にのめりこんだ人が多かったということですから。 米津玄師の現在の彼女は年上事務所社長説が強い 過去に米津玄師さんがどんな女性と交際されてきたのか、公には公開されていません。 あまり表舞台には派手に登場するタイプではありませんし、遊びまくってるような評判も聞きませんでしたから。 ニコ生で活動してた時代に、かつて米津玄師さんのファンであった日南さんと関係があったという噂もありますが、時期的に不自然な点が多いので信じられません。 何よりも、 現在の米津玄師さんの彼女だと噂されている女性は、彼が20代前半の頃に出会っています。 実際には米津玄師さんも女性も自ら交際を宣言していませんが、週刊誌が実家を突撃した際には、米津玄師さんの両親から本当であるかのようなご返答を頂いたそうです。 その彼女とはもともと所属してた会社を移籍し、その後独立して事務所を立ち上げるなど、人生をかけて米津玄師さんに尽くしてる女性です。 米津玄師さんもその彼女に感謝をする形で、彼女への愛を曲に反映させていると言われてます。 年上彼女との交際が本当なら死んだ彼女などいるはずない ずっと、その女性との愛を育んできたと考えると、亡くなった彼女がいたとして、その時期は学生時代しか考えられなくなります。 最近、学生時代の米津玄師さんについて同級生が言及する記事が週刊誌から出ました、 その同級生からは当時から彼女がいたような証言はありましたが、その彼女が死んだようなことは書かれていませんでした。 高校2年のとき、修学旅行は北海道のスキーを選択。 「運動神経はイマイチだった」という証言もある。 高校の文化祭では、「Toy Circus Show」というバンドを率いた。 ちなみに高校時は、彼女持ちだった。 引用元:ライブドアニュース 米津玄師さんは子供の頃に傷心を抱え、精神的に辛かったことを明かされていますが、青春期に彼女を失くしたような発言はありません。 米津玄師は死や別れをテーマにしか曲が得意? 米津玄師さんの作る曲は明るいポップな曲が多いように思えますが、切なさや侘しさを表現した曲も多いです。 明るい面と暗い面のギャップがあるのが米津玄師さんの音楽性の魅了でもあります。 実際に 米津玄師さんの音楽を聴いて、死んだ家族や昔の恋人のことを思い出す方は多いみたいです。 なぜ、米津玄師さんの曲は人の心に触れるのか。 ただ歌詞が良いだけでなく、作るメロディラインが言葉に合っていて、しっかりと音と重なって絵が見えるような感覚があります。 それは、 一度は精神的にどん底を味わった米津玄師さんだから感じることのできる感覚であって、それを音と言葉にする才能があるということでしょう。 素の自分は他からの寄せ集めの集大成? それでも、米津玄師さんは、「素の自分」は存在せず、自分も含めて世の中の作品は偽物だらけだという持論を持っています。 自分の感覚も、きっとどこからか影響を受けたものの集大成でしかないと。 過去にインタビューで興味深い発言をされてました。 ありのままで生きていても面白いことなんてひとつもない。 自分がありのままだ、本物だ、と思うパーソナルな部分も、もとを正せば誰かからの影響を受けていて。 そういうことを言い始めると、オリジナルだとか本物だとか、そういうものは端から存在しなくて、自分は偽物だと思うんです。 俺はそれが一番美しいと思ってやってます。 美しいものって、分析して、勉強していった結果、身につくものだと思うんですよね。 「つまんねぇな」って思います。 特に「オリジナルや本物は端から存在してない」という言葉が印象的です。 この言葉を聴いてる限り、 米津玄師さんは才能よりも勉強家・努力の人ということになるのでしょうか? どういう方向に興味を持ち、何を探し続けたのかという点で、米津玄師さんの生きてきたセンスが曲に現れているということになります。 そこで別れた死別を連想される曲が得意というところに帰りますが、 もともと文学的に寂しさや寂しさを表現する言葉にアンテナを張って、それを吸収してアウトプットし続けたという見方もできますね。 なぜ、そちらにアンテナが向いたかと考えれば、やはり米津玄師さんの人生や生き方があったからだと考えると、結局は米津玄師さんの曲は彼のモノ。 でも詳細にいえば吸収したモノのアウトプットでしかないということですね。

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しゃもじ(米津玄師崇拝ヨネヅラー)の年齢と職業は何?新日本男児と中居に出演

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曲の歌詞の中には、 いなくなってしまう人へのメッセージ性が強く出ているので、 「きっと米津玄師も過去に彼女が死んだんだ!」と勘違いを起こしてまったようです。 実際には、米津玄師さんが昔の亡くなった彼女のために書いた曲ではありません。 「彼女が死んだ」は良い誤解? ツイッターやブログでもこの曲の歌詞の解読がされていますが、やはり「いなくなってしまう人」への意識が強いです。 きっともうこれ以上 傷つくことなど ありはしないとわかっている あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない 今でもあなたはわたしの光 暗闇であなたの背をなぞった その輪郭を鮮明に覚えている 受け止めきれないものと出会うたび 溢れてやまないのは涙だけ ドラマと主題歌を重ねて見てしまうのは仕方ないことですが、歌手自体と曲をここまでがっつり重ねて見られるのは珍しい例ですね。 ドラマ、紅白の視聴率に続いてオリコンでもYouTube再生回数でも圧倒的な記録を見せたシングルだけに、 この誤解は良い意味があると思います。 それだけ 真剣にドラマと曲にのめりこんだ人が多かったということですから。 米津玄師の現在の彼女は年上事務所社長説が強い 過去に米津玄師さんがどんな女性と交際されてきたのか、公には公開されていません。 あまり表舞台には派手に登場するタイプではありませんし、遊びまくってるような評判も聞きませんでしたから。 ニコ生で活動してた時代に、かつて米津玄師さんのファンであった日南さんと関係があったという噂もありますが、時期的に不自然な点が多いので信じられません。 何よりも、 現在の米津玄師さんの彼女だと噂されている女性は、彼が20代前半の頃に出会っています。 実際には米津玄師さんも女性も自ら交際を宣言していませんが、週刊誌が実家を突撃した際には、米津玄師さんの両親から本当であるかのようなご返答を頂いたそうです。 その彼女とはもともと所属してた会社を移籍し、その後独立して事務所を立ち上げるなど、人生をかけて米津玄師さんに尽くしてる女性です。 米津玄師さんもその彼女に感謝をする形で、彼女への愛を曲に反映させていると言われてます。 年上彼女との交際が本当なら死んだ彼女などいるはずない ずっと、その女性との愛を育んできたと考えると、亡くなった彼女がいたとして、その時期は学生時代しか考えられなくなります。 最近、学生時代の米津玄師さんについて同級生が言及する記事が週刊誌から出ました、 その同級生からは当時から彼女がいたような証言はありましたが、その彼女が死んだようなことは書かれていませんでした。 高校2年のとき、修学旅行は北海道のスキーを選択。 「運動神経はイマイチだった」という証言もある。 高校の文化祭では、「Toy Circus Show」というバンドを率いた。 ちなみに高校時は、彼女持ちだった。 引用元:ライブドアニュース 米津玄師さんは子供の頃に傷心を抱え、精神的に辛かったことを明かされていますが、青春期に彼女を失くしたような発言はありません。 米津玄師は死や別れをテーマにしか曲が得意? 米津玄師さんの作る曲は明るいポップな曲が多いように思えますが、切なさや侘しさを表現した曲も多いです。 明るい面と暗い面のギャップがあるのが米津玄師さんの音楽性の魅了でもあります。 実際に 米津玄師さんの音楽を聴いて、死んだ家族や昔の恋人のことを思い出す方は多いみたいです。 なぜ、米津玄師さんの曲は人の心に触れるのか。 ただ歌詞が良いだけでなく、作るメロディラインが言葉に合っていて、しっかりと音と重なって絵が見えるような感覚があります。 それは、 一度は精神的にどん底を味わった米津玄師さんだから感じることのできる感覚であって、それを音と言葉にする才能があるということでしょう。 素の自分は他からの寄せ集めの集大成? それでも、米津玄師さんは、「素の自分」は存在せず、自分も含めて世の中の作品は偽物だらけだという持論を持っています。 自分の感覚も、きっとどこからか影響を受けたものの集大成でしかないと。 過去にインタビューで興味深い発言をされてました。 ありのままで生きていても面白いことなんてひとつもない。 自分がありのままだ、本物だ、と思うパーソナルな部分も、もとを正せば誰かからの影響を受けていて。 そういうことを言い始めると、オリジナルだとか本物だとか、そういうものは端から存在しなくて、自分は偽物だと思うんです。 俺はそれが一番美しいと思ってやってます。 美しいものって、分析して、勉強していった結果、身につくものだと思うんですよね。 「つまんねぇな」って思います。 特に「オリジナルや本物は端から存在してない」という言葉が印象的です。 この言葉を聴いてる限り、 米津玄師さんは才能よりも勉強家・努力の人ということになるのでしょうか? どういう方向に興味を持ち、何を探し続けたのかという点で、米津玄師さんの生きてきたセンスが曲に現れているということになります。 そこで別れた死別を連想される曲が得意というところに帰りますが、 もともと文学的に寂しさや寂しさを表現する言葉にアンテナを張って、それを吸収してアウトプットし続けたという見方もできますね。 なぜ、そちらにアンテナが向いたかと考えれば、やはり米津玄師さんの人生や生き方があったからだと考えると、結局は米津玄師さんの曲は彼のモノ。 でも詳細にいえば吸収したモノのアウトプットでしかないということですね。

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